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為すべきことを為しなさい──
手刀を構える。
一瞬だ。一瞬で終わる。ひと振りしさえすれば。
為すべきこと──
振り抜こうとした刃が止まる。
──違う。そうじゃない。殺すことではない。
シュウの手刀から超高速振動が消えた。戦いの凶器は、繋ぐための手に戻った。
その手で男児の頭に触れた。傍らに膝をつく。
──この子は、オレだ。紙一重でオレも劉になっていた。憎悪を憎悪で潰しても、際限ない繰り返しが起きるだけ。憎悪はぶつけられた憎悪を食べて肥え太るだけだ……
『腰抜けめ──』泥の山から憎悪が言葉を発した。『家族の仇を殺せんのか……』煽るように憎悪が嘲笑する。
シュウは相手にしない。恐怖に震える小さな躰を腕で包んだ。
──だいじょうぶ。何もしない。もう、痛いことはない。
男児の躰を覆う小刻みな震えがおさまった。
『何をしている。気でも違ったか。やめろ! ガキから離れろ!』憎悪は狂ったようにわめきだした。
男児の目がやわらぐ。シュウを見つめる。『ともだちに、なってくれるの?』
ともだち──
陽光が射したように、塊になっていた疑問が氷解した。
──劉は、ともだちが欲しかったのだ。それだけのために、あれほど虐殺をくり返した。ただ、それだけのために。
──だからオレを殺さなかった。絶望と憎悪を与え続けて、自分と分かり合えるともだちにするために。そんなやり方でしか、ともだちを作る方法を知らなかった。
シュウは小さな躰を抱きしめた。男児の瞼が下りる。安らかなまどろみに、生まれて初めて誘われて。
『やめろ! やめろぉ!』黒い泥は身悶え、沸騰するように泡立ち始めた。泡がはじけて憎悪が噴き出す。新たな取り憑き先を得られず、虚空へ昇る。大気に薄まり消えてゆく。
やがて、黒い汚物は干乾びて床に貼り付き、醜い模様のシミになった。
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