10人が本棚に入れています
本棚に追加
15年以上前の私が学習塾に勤務していた頃。
志賀高原での夏の勉強合宿や、塾の本社での正月特訓等、全ての季節講習に息子を通わせる大変熱心な母親がいた。
息子はまだ中1だったが、将来的には慶應に入れるのが母親の夢であり目的だったらしい。
その息子が中2になった時の事だ。
その年も、志賀高原にて夏の勉強合宿が開催される。
出発時刻は午前10時で、集合場所は塾の各校舎だ。
だが、彼は野球部に入っており、早朝の練習が長引いて、勉強合宿の出発時間に間に合う事が出来なかった。
本来ならば、間に合わなかった生徒の参加は受け付けられない。
返金対応になる予定だったが、母親から本社に即電話が入った。
「自分がこのまま息子を車で志賀高原のホテルまで連れて行くので、ぜひ合宿に参加させて欲しい」
かなりのパニックを起こし、半狂乱な声で、そう頼み込む母親。
そのあまりの熱心さと激しい動揺っぷりに根負けし、本社の幹部たちも特例として彼の参加を許可する。
そうして、その日――母親が息子を車に乗せて志賀高原まで連れて来る事になったのだが、その途中の道で大きな交通事故が発生してしまう。
まさかあの母子も巻き込まれたのでは、と心配する私達講師陣。
と、そこに……かなり夜遅くなってから、母親が運転する車で息子が到着した。
やはり事故に巻き込まれていたらしく、所々怪我をしていた息子。
講師達は息子を近くの病院に運び込み、もう夜も暗いしお母様の体も心配なので、と母親にも受診と宿泊をすすめる。
が、母親はそれを固辞して車で自宅に帰っていく。
翌朝――ガレージの車の中で冷たくなっている母親が発見されたと父親から連絡があった。
ただ、死亡推定時刻ははるか前で、ホテルに息子を預けた時点では母親は本来死んでいた筈らしい。
何でも、警察によると、あの母子は事故に巻き込まれており――事故に巻き込まれた時点で母親は即死をしていたのだとか。
であれば、あの時息子をホテルまで送り届けてくれた母親は、一体何だったのだろう――。
最初のコメントを投稿しよう!