第13話「熱中する作業」

1/1

16人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

第13話「熱中する作業」

 緑光石(グリーンライト)の輝きが、蒸気の力を増幅させる。ピストンの中で爆発したエネルギーは歯車へと伝わり、潤滑油を介して車輪へと。車軸によって支えられたタイヤが振動と共に回り始める。蒸気機関の素晴らしいところは、小さな歯車のひとつに至るまで無駄なものが存在しないという点だ。それぞれが自分の役割を知り、それをこなすことに全力だ。 「ここの歯車の大きさは要注意ね。エネルギー効率と走行距離もそうだけど、負担がかかり過ぎるかも」  工場の奥に仕切った私専用の工房のなかで、スタンドに載せた二輪車の改造を進めていく。パーツごとに分解して、フレームを取り替えて、それに合わせてまた別のパーツを組み込んでいく。立体的なパズルのようでいて、全てが綺麗に収まるように設計されている。一人で集中して作業していると、パーツ自らが話しかけてくるような気さえした。  今はヴィクターの用意してくれた、TSFで製造している汎用パーツを使っているけれど、ゆくゆくは専用のパーツも使いたい。蒸気機関は手を加えるたびに改善点が思い浮かぶ、果てしない迷宮だ。 「ちょっと我慢してね。あとはシャーシにこれを……」 「お嬢様!」 「うひゃあっ!?」  いよいよ組み立ても佳境に差し掛かったタイミングで、真後ろから突然声をかけられる。驚いた表紙に持っていたネジを落としてしまい、慌てて床を這うようにして探す。 「ちょ、ちょっとお嬢様……」 「とりあえずネジ探すの手伝って!」  急に工房に入ってきたリファは困惑しているようだけど、小さな部品はすぐに探さないと。汎用部品とはいえ空中戦艦にも使われる精密なものだから、ネジ一つでも失くしたりできない。  オロオロしていたリファも結局探すのを手伝ってくれて、幸運なことにタイヤのすぐそばに落ちていたのを発見することができた。 「はぁ、良かった……」 「こんな油まみれになって、何やってるんですかお嬢様」 「リファの方こそ突然後ろから話しかけるなんて」  呆れ顔のリファに反論すると、彼女は眉を寄せる。それは彼女が苛立った時の癖だった。 「外から何度もお呼びしましたよ。それなのに返事がありませんでしたから、倒れているのかと思って心配したんですよ?」 「え、そ、そうなの?」  一気に雲行きが悪くなる。  確かに集中していたし、工房は他の人たちが入れないように軽く仕切ってはいたけれど……。自由に大手を振って機械いじりができるのが嬉しくて、自分でも驚くくらい集中していたみたいだ。  リファが腰に手を当てて睨んでいる。 「ごめんなさい」  こんな時は素直に謝るのが一番だ。ぺこりと頭を下げると、彼女の気配が幾分和らいだのを感じた。 「はぁ。今後は入り口にベルでも付けておいて下さいよ」 「考えとくわ」  熱中し過ぎるのはどうしようもないだろうし、工房にはリファたちには危険な工具なんかがたくさんあることにも変わりはない。彼女の助言を素直に聞き入れて、ベルが有り合わせの部品で作れるか検討する。  けれどすぐに、再び思考の海に潜り始めた私をリファが手を叩いて呼び覚ました。 「それはともかく、もうランチの時間ですよ」 「えっ? もうそんなに時間が経ってるの!?」  戸棚の上に置かれている時計を見ると、確かに短針が真上を指している。時間を忘れていたとはいえ、ちょっと集中しすぎだ。 「マールたちは?」 「勝手にお昼ご飯を食べてますよ。お嬢様も早くお屋敷へ」 「ええー、でも……」  屋敷で用意される食事はどれも驚くほど美味しい。一応は貴族である私でさえ食べたことのない料理もたびたび出てくるほどでいつも新鮮だ。けれど、私は屋敷の方と作りかけの二輪車を見比べて困る。 「ちょ、ちょっとだけ作業してもいい? あとちょっとでひと段落するのよ」 「そんなこと言って、今度は夕方になりますよ」 「でも……」  深く集中していたせいか、空腹はそこまで感じない。むしろ、やりかけの作業を中途半端に止めてしまうことの方が後ろ髪を引かれてしまう。リファを見つめてお願いしてみると、彼女は困ったように顎を引いた。 「……キッチンで何か簡単に摘めるようなものを作ってもらいましょうか。ここで食べるならいいのでは?」 「いいの!? リファってば天才!」  いつも厳しい彼女の口から飛び出したとは思えない提案だった。けれど、素晴らしい名案だ。喜びのあまり思わず飛びつくと、彼女は可愛い悲鳴をあげた。 「今日だけですからね! 明日はちゃんとお屋敷に戻って下さいよ!」 「分かってるって。リファ大好き! 愛してる!」 「そういうのはいいですから! もう行きますよ!」  心からの称賛を伝えたというのに、我がメイドさんはプリプリと怒って行ってしまった。とはいえ、これで問題なく作業を続行できる。リファがランチを持って帰ってくる前に、少しでも進めておこう。  私は上機嫌になって鼻歌なんかを歌いつつ、早速工具箱に手を伸ばした。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加