第15話「結婚式談義」

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第15話「結婚式談義」

 工房で三輪車の改修をしつつ、試験場の整備進捗を確かめるという生活が続いた。お昼ごはんのサンドウィッチは、マールたちと一緒に食べることもある。彼女たちは自分でお弁当を作って持ってきている。朝はほとんどギリギリの時間になってようやくリファに叩き起こされている私とは大違いだ。 「そういえば、今日も旦那様はお出かけなんですか?」 「ふあ? もぐもぐ……。うん、ここのところ忙しいみたいだから」  土を盛り上げて傾斜を作っている試験場を眺めながらサンドウィッチを頬張っていると、お手伝いの一人でおしゃべり好きなテトリが話しかけてきた。  旦那様と言われてヴィクターのことを思い出すのも慣れてきた。けれどここ数日、彼の姿はほとんど見ていない。たまに朝早く起きられた時に、せかせかと門を抜けていく蒸気自動車を窓越しに見る程度だ。  コルトファルト家の名前を手に入れて、貴族との交流が活発になっているらしい、という話はリファから聞いている。けれど詳しい話は知らないし、本人から聞く機会もない。  お手伝いのみんなもヴィクターが忙しくしていることはなんとなく察している。屋敷のメイドたちとも世間話ついでに情報交換なんかをしているらしい。貴族の屋敷のメイドなんかだと下級貴族の娘だったりするけれど、トリセンド家で働くメイドたちは、マールたちと似たような出自の子も多いらしいからね。 「せっかくの新婚ですのに、可哀想ですわ」 「可哀想……?」  テトリの大げさな動きに思わずきょとんとする。少し考えて、そういえば私とヴィクターは新婚の関係にあることを思い出した。  正直、結婚式すら挙げていないし、そもそも結婚した理由が両家の取引みたいなものだから、ほとんど状況を忘れていた。私としては工場まで建ててもらって毎日好きに蒸気機関を弄って許されるという時点で何も不満はないのだけど。 「せめて式くらいはきちんとやらないと。私でさえ旦那の尻を叩いてそれなりのものはやったんですから」  強気の口調でそんなことを言うのは、仲間の中でも豪快な肝っ玉かあさんとしてお馴染みのマーブルだ。確かに彼女ならそういうこともできるだろうな、と直感で思わせるガッチリとしたご婦人だ。 「マーブルの式は凄かったわね。新郎が三日徹夜した猫みたいな顔してるんだもの」 「でもお互いに好き合って結婚してるんでしょ?」 「そりゃあそうよ。じゃなきゃ七人も産んでないわ!」  むふん、と自慢げに胸を張るマーブル。その男前な姿に、テトリたちが黄色い声をあげる。  お手伝いで来てくれている七人のうち、17歳のアンリを除いた全員が既婚者で、子供がいる人も多い。それぞれに結婚時には思い出があるようで話は盛り上がっている。そもそも七人とも同じ村の出身なのだから、お互いの式にも出席しているのだ。 「結婚式かぁ……」  私だって二人の姉がいる身だ。庶民以上に格式ばった儀礼と礼節を重んじる貴族の出でもある。何度か結婚式にも参加しているけれど、ドレスが窮屈で肩が凝るという思い出しかない。  出てくる料理も美味しいけれど、量が少ないし。肝心の味だってテーブルマナーのことで頭がいっぱいでほとんど覚えていない。 「アンリも恋人がいるんでしょ。そろそろ結婚も考えないとダメじゃないの?」 「えええっ!? そ、それはまだ早いというか、ランドもまだ考えてなさそうだし……」 「自分から言い出さないと男は動かないわよ。私なんてそれで一年無駄にしたんだから」  突然話の矛先を向けられたアンリは、あっという間にお姉様方に取り囲まれる。なんだ、彼女もいい人はいるんじゃないの。 「それはちょっと気になるわね。その時は私も呼んでくれるの?」 「そそそそそんな、奥様に来ていただけるようなものはできませんよ!」  顔を真っ赤にしてブンブンと首を振る彼女はなかなか可愛らしい。別にお祝いする気持ちに貴賎はないのだから、式の規模も関係ないと思うのだけど。 「それよりも、先に挙げるべきは奥様の方ですよ」  ――なんて考えているとぬっとマーブルの顔が近づいてくる。迫力のある表情で思わず声をあげそうになったけど、慌てて我慢する。彼女は太い眉毛をぎゅっと窄めて私を見つめ、そっと手を取った。 「式が女の幸せとは言いませんけどね。それにしたって、奥様と旦那様は夫婦の楽しみを全く味わっていらっしゃらないでしょう」 「それは……そうかもしれないけど」  私がこの家にやってきて、ヴィクターと過ごした時間はどれほどだろう。もうすっかり、マーブルたちと一緒にいる時間の方が長い。  でもそれは、ヴィクターがTSF社のために東奔西走しているからであって、元々それは納得済みの契約だった。 「私はほら、こうして蒸気機関を弄ってるだけでも楽しいし」  男装みたいな格好で、コソコソと肩を縮めてやる必要もない。自分の興味の赴くままにネジを弄れるというのは間違いなく幸せだ。  ――それは間違いなく本心なのだけど、なぜかマーブルたちの視線を受けると胸の奥がざわついた。  ヴィクターが私を求めたのは、コルトファルト家の伝手が欲しかったから。それは分かっている。貴族として、結婚というものが両家の繋がりという意味でとても重要であることも。  それでも脳裏を過ぎるのは、姉さんたちのことだ。二人も当然、コルトファルト家が繋がりを強めたいと思った家に嫁いで行った。それでも、子供も生まれて、楽しそうに過ごしている。あれもまた、幸せなのだろう。 「一度、旦那様とよく話してみてもよいのでは?」 「夫婦水入らずの時間を作るのも大事ですよ」  こと結婚については、マールやマーブル、テトリたちは私よりもはるかに経験豊富な大先輩だ。彼女たちに正面からそう言われたら、強く断ることもできない。 「ちょ、ちょっと話してみるわ。……向こうも忙しいと思うけど」 「お尻引っ叩いてでも話すんですよ!」 「えええ……」  ちょっと強引すぎるかもしれないから、ある程度は抑えたほうがいいかもしれないけど。
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