第7話「工場長と従業員」

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第7話「工場長と従業員」

 工場の建物が完成していくにつれて、それに伴う諸々もつられるように揃っていく。蒸気を勢いよく噴き上げてやってきた大型トラックから重そうな設備が次々と搬入されていく様を見れば、自分の任されたものの大きさを改めて実感させられた。  ゴルドーからの講義も、見様見真似でやっていた私にとっては目から鱗の連続だ。やはり基礎からしっかりと学ぶとなると、知らないことも多い。中には初歩的なこともあり、そのたびにゴルドーが目を剥いて驚いていた。 「あれ、今日は講義じゃないの?」  その日もいつも通り、教科書となる技術書を抱えてゴルドーのところへと赴けば、彼が珍しく工場の外で待っていた。隣には相変わらずニコニコとしたヴィクターの姿もある。 「急で悪いけど、今日は新工場の方へ行こう。シャーロットに会わせたい人たちがいる」  ヴィクターに案内されて、大きな工場の側に隠れるようにして建っている小ぢんまりとした建物へと向かう。まだ屋根や壁のない骨組みだけの建物だが、ここが私の工場だ。 「あら」  吹き曝しの工場の前に何やら人が集まっている。年齢もさまざまな女性たちのようだ。彼女たちも私たちの存在に気がつくと、慌てて一列に並んで背筋を伸ばす。ヴィクターやゴルドーに多少怯えすら見え隠れしつつ、私を見る目は少しじっとりとしたものだった。 「工場を運営するにあたって、従業員が必要だろう。近くの農村から手伝ってくれる人を集めたんだ」 「わぁっ! ありがとうございます! てっきり他の工場の作業員が手伝ってくれるものかと思ってました」 「他は他で忙しいからね。それに、君も同性の方がやりやすいだろう」  当たり前だが、機械技師はそのほとんどが男性だ。でなければ私が機械いじりをして驚かれることもない。ヴィクターはそのあたりの事情を汲んで、わざわざ人を集めてくれたのだ。 「マールと申します。この度は私共を雇っていただき、ありがとうございます」  従業員の数は七人。マールという名の恰幅のいい40半ばほどの婦人が代表格のようだった。彼女はヴィクターに向かって恭しく一礼し、他の女性たちもそれに続く。  上は60を超えていそうなお婆さんから、下は私よりも若い10代半ばくらいの少女まで。本当に幅広い年齢層が揃っている。 「挨拶はシャーロットに。君たちの上司はこの子だからね」  ヴィクターはマールたちの挨拶を流して、私の肩に手を置く。びっくりしてマールたちの顔を見ると、複雑そうな心情が露わになっていた。  彼女たちの言いたいことは、よく分かる。  私みたいな小娘に何ができるのだと思っているんだろう。私は貴族の娘で、やっていることはヴィクターから貰った工場の運営。外から見れば、ワガママを言って優しい旦那様に叶えてもらっているようにしか見えない。  そもそも、彼女たちもこういった蒸気機械の工場で働いた経験はないはずだ。全くもって前代未聞の求人募集に、恐る恐る応じてくれたのだ。 「シャーロット・トリセンドです。ヴィクター様よりこの工場を任されることになりました。まだまだ若輩者ではありますが、次の蒸気博覧会に出品することを目標に活動していくつもりです」 「次の……?」  マールたちの表情がさらに曇る。彼女たちも、蒸気博覧会がいつ開催されるかは知っている。あまりにも時間がないことも。やはり貴族の道楽か、という内心が手に取るように分かった。 「当然、私ひとりでできることではありません。だからこそ、皆さんの力をお借りしたい。まだ作業が始まるまで少し時間はありますが、それ以外のことでもたくさん協力していただくことになると思います。――ぜひ、よろしくお願いします」 「っ、お嬢様!」  深々と頭を下げる。背後に控えていたリファが驚く声が聞こえた。  マールたちもきっと、驚いていることだろう。  貴族が平民に対して頭を下げるなど、たとえその協力を請うためであってもまず見ない。それほど、両者には地位の隔絶がある。けれど、私はもうコルファルト家の令嬢ではなく、トリセンド家の嫁なのだ。そして、トリセンド家は平民の出ながら隆盛した家門だ。 「わ、分かりました。分かりましたから。……はぁ、奥さんにそこまでされちゃ、私たちも何にも言えませんよ」  マールがそう言って、腰に手をやる。彼女たちの間にあった緊迫した空気がほどけていくのが分かった。顔を上げると、仕方ないと苦笑する女性たちと目が合う。 「知ってると思いますけど、私たちは機械については素人ですよ。単純なことならともかく、難しいことは言わないでください」 「ええ。ちゃんとその辺りは考えるわ。でも何かあったらすぐに言ってちょうだい。黙って我慢されても、気付かないことは多いと思うから」 「それじゃあ遠慮なく。よろしく頼みます、奥さん」  マールが手を差し出してくる。農作業や家事に追われて鍛えられた手だ。彼女もまた、仕事人の手をしている。  私も手を差し出し、握り合う。お互いの挨拶を済ませ、私は工場よりも一足早く従業員を手に入れた。
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