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燭光6-⑷
――この匂いには覚えがあるぞ。たしか『五霊城塞』でも似たような匂いを嗅いだ……
そこまで考えた瞬間、流介の頭にある考えがよぎった。何も入っていないお茶で油断させておいて、客を首尾よく奥の間に閉じ込め気分をおかしくさせる香を焚く……
流介は天馬から貰った葉を噛み、苦みでぼんやりするのを紛らせようとした。だが努力も虚しく足元がふらつき、ついには立っていることすら困難になっていった。
――そうか、誰かが薬園を探っていると気づいた時から、こうする準備をしていたのか。
背後を振り返るとすでに天馬は床に崩れており、流介は事態が絶望的である事を悟った。
――なんということだ。気をつけろと苦い葉をくれておいて、自分が真っ先に倒れるとは。
呆れながらも必死で脚を踏ん張っていると、別室との間の扉が薄く開いて男性と思しき顔がわずかに覗くのが見えた。
――あの人物は……和久間さん?
刹那の描いた和久間とそっくりの人物は、流介と目が合うと逃げるように扉を閉めた。
――やはりここにいたのか。……ようやく居場所を突き止めたというのに。
流介が濁りゆく意識の中で無念を噛みしめた直後、あらゆる物がすとんと闇の中へ没した。
※
「ん……むむ……ここは?」
深い闇の底から明るい現実へと引き戻された流介は、頭を振りながら掠れた声で言った。
「お目ざめになりました?なんだかご気分がすぐれないようにお見受けしたので、失礼とは思いましたがお身体をこちらに移させてもらいました」
「や……ど、どうも。そいつはすみません」
波打つような曲線の背もたれがついたソファから体を起こした流介は、既に立ちあがって首を回している天馬に「君も今、目を覚ましたのかい」と尋ねた。
「ええ、少し前に」
「なんだかおかしな訪問になってしまったな。ぶしつけな振る舞いばかりですみません」
流介が良く回らない頭で詫びると、狩押夫人は「とんでもありません。きっと薬草の香りのせいですわ」と言った。
「もしどうしてもご気分がすぐれないようでしたら、あそこの薬棚に気付けの薬が色々と入っています。遠慮なくおっしゃってください」
狩押夫人がそう言って目で示した先には薬屋の棚を洋風にしたような、引き出しのたくさんついた棚があった。
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