燭光6-⑸

1/1
前へ
/43ページ
次へ

燭光6-⑸

「はあ、お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」 「では玄関までお見送りいたしますので、ゆっくりお支度なさってください」 「ありがとうございます」 「ああ、それにしても楽しいひとときでした。お茶をいただいておしゃべりをして……」  天馬のしみじみとした口調に、流介はおやと思った。おしゃべりなどしただろうか? 「天馬君、僕らはさっき……」 「飛田さん、そろそろお暇しましょう。陽が暮れないうちに帰らねば」  天馬に促され、流介は「そ、そうだな」と同意の言葉を口にした。が、どうもおかしい。  ――たしかに奥の間で木乃伊のような物を見た気がするのだが……夢だったのだろうか?  狩押夫人と「執事」に見送られる形で屋敷を後にした流介たちは、見慣れぬ草の密生する薬園を横切ると立木に繋いだ馬車の所へと舞い戻った。 「天馬君、どうも僕は奥の部屋で不思議な物を見た気がするのだが……」 「ああ、伯爵の木乃伊ですか。大丈夫、僕も見ました」 「えっ?だってさっき君はおしゃべりをして楽しく過ごしたようなことを言っていたじゃないか」 「ああやって術にかかったふりをしていないと、すんなり帰して貰えないと思ったのです」 「なんてことだ。じゃあ全部芝居だったと言うのか」 「そうです。飛田さんが完全に術にかかってしまってもいいよう、僕は飛田さんの二倍の量の葉を噛んでいました。苦くてたまりませんでしたよ」 「それじゃもしかして、君も見たのかい、扉の陰からこちらを見ていた……」 「ああ、和久間さんですね。顔を出してくれたお蔭で、目的を果たすことができました」 「目的を果たした?」 「ええ。わかったことは三つ。まず、伯爵夫人の言っていたことがでたらめであるということ。『伯爵』なる人物は存在せず、夫人と「執事」のみが実際に存在する人物であると言う事、そして和久間さんが二人の嘘を疑うことなく、あそこで暮らしているということです」 「ほんのわずかな訪問の間に、よくそんなことがわかったな」 「庄兵衛さんも和久間さんも、利用されていただけなのです。『伯爵の手』という玩具が生みだす物語に呑みこまれてね。そして夫人たちが隠している「真相らしき物」は、ここではわかりません。戻って調べて見ないことには」 「戻ってって……これだけ離れたお屋敷で起こったことの真実が、街の方でつきとめられると言うのかい」 「その通りです。真実の鍵はこんな田舎ではなく、商売の中心である港の方にあるのです」 「さっぱりわけがわからないな。……で、その真相とやらをつきとめたらどうするんだい」 「決まってます。もう一度ここに戻って来るんですよ。和久間さんを救出するために」 「和久間さんを?」 「ええ」  天馬は手綱を手繰り寄せ、馬を撫でると「すぐ出しますから、乗ってください」と言った。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加