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燭光7-⑴
「ではこれより『港町奇譚倶楽部』の例会を催したいと思います。今日のホスト役は……」
「僭越ながら、私が務めさせていただきます」
おほんと咳ばらいをした後おもむろにそう言い放ったのはハウル社の社長、ウィルソンだった。
宝来町の酒屋の地下にある秘密のカフェ『匣の館』では、謎を愛する者たちの集い『港町奇譚倶楽部』の例会が催されていた。
――ううむ、しかし僕が集めてきた材料以外、みなさんは事件に接していないのだが果たしていかなる推理が飛びだすものか。
流介は洋装に身を包んだ三名の名士、ウィルソン、実業寺の住職日笠、そして『梁泉』の女将浅賀ウメをどきどきしながら見つめた
「では、拙僧から説を披露させて頂くとしましょう」
最初に名乗りを上げたのは、日笠だった。
「拙僧が思うにこの事件は『伯爵』なる人物の秘めた願い、あるいは「ねじれた夢」の後始末なのだと思います」
「ねじれた夢?」
「そうです。『伯爵』は外国人ながら仏の教えに感銘を受け、仏門に入ろうと試みていたに違いありません。しかし何らかの理由で許されず、諦めきれなかった『伯爵』は自分で悟りを開く――すなわち生入定と言う手段を選んだのです」
「生入定とは?」
「真言密教で言うところの即身仏、すなわち木乃伊の状態で仏になろうとすることです」
「即身仏……」
「一説では生入定と言う形なら、弥勒菩薩が再び現れるまでの間瞑想を続けられると言われているそうです。つまり断食に近い修行をすることで体内の水分を出し、自分で自分を木乃伊にするのです」
「なんと恐ろしい……しかも仲間の手伝いもなく一人でやってのけるとは」
「そこであります。生きていた時『伯爵』の肖像画を描いた縁もあり、和久間さんという画家の方が即身仏の手伝いも行ったのです。そしてその礼として『仏の手首』を頂戴したという訳なのです」
「何と奇怪な」
「本来なら秘宝として木乃伊の本体と共にあるべき手首を、困窮した画家が『三つの願い』などと言う話をでっちあげて売ったわけです。しかしその後、豪商の商売敵が願いの成就と引き換えに死んだことで画家は戦慄します。おまけに手首を納めた箪笥が船の座礁で行方不明になり、これはいよいよ祟りに違いないと『伯爵』の館に舞い戻ったわけです」
「なるほど、事件と言うよりも特殊な死に方に魅入られた男の奇譚というわけですか」
「画家はきっと今も木乃伊の世話をしながら館で暮らしているのでしょう。もしかしたらゆくゆくは仏門に入り仏師となったり曼荼羅を描いたりするようになるのかもしれません。――拙僧の推理は、以上です」
日笠が低い声で締めるとウメが「それでは、次はあたくしが説を披露させていただきます」と手を挙げた。
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