燭光7-⑶

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燭光7-⑶

「動かす……といいますと?」 「かねてより日本の美をこよなく愛していた『伯爵』は、自分の肖像画を錦絵風に描いた画家の腕にいたく感銘を受けたのであります。そしてあろうことか自分の死後は魔力を持つであろう己の『手首』を譲り渡すことを約束したのです」  流介は唖然とした。ウィルソンの説が、今までに披露された説の中でもとびきり奇怪な物だったからだ。 「約束通り『手首』を受け取った画家は主の魔力を強く感じており、自分が『三つの願い』を使えば必ずなにがしかの災いを伴うであろうと予想しました。なかなか画家としての芽が出ず困窮していた画家は、『手首』に願掛けをするより『手首』そのものを『三つの願い』の話と共に売ればよいと考えたのです」 「なんだかずるいなあ。……まあでもお金で神通力を買う方も後ろめたさはあるだろうな」 「しかしその結果、豪商の商売敵が亡くなったり『手首』を積んだ船が座礁したりして、売ってしまったことで自分にも災いが降りかかるのではないかと屋敷に舞い戻ったのです」 「では、もはや画家としての大成は諦めたということですか」  流介が尋ねると、ウィルソンは「いえ、おそらくそうではないでしょう」と首を横に振った。 「屋敷に戻った画家は、木乃伊の世話をして暮らす一方で、自分の絵を外国に売るための「力」を『伯爵』から授けられたのです」 「どういうことです?」 「魔力によって百年以上の時を生きながらえている伯爵は当然、欧州の名だたる画商と繋がりがあるはずです。折しも欧州では今、『ジャポニズム』なる日本を愛でる風潮が盛り上がっています。つまり画家は木乃伊の世話をする傍ら、『伯爵』のつてで知遇を得た外国の画商に自分の絵を売りさばいていると考えられるのです」  なんとも個性的な推理を披露したウィルソンは「私の推理は以上です」と言って一礼した。 「……では、今回皆さんが最も頷けると思った説の提供者を指で示してください」  ウィルソンが会員に促すと、なんと本人を含む全員が日笠を指さした。 「光栄です、私の説がもっともすぐれているとは思いませんが、信仰に関する内容に関しましては譲れないものがありましたので感無量であります」 「それではこれで『港町奇譚倶楽部』の前半を終了します」  ウィルソンが小休止を口にすると、カフェ―に立ち込めた異様な空気がふっと和らいだ。  ――それにしても、天馬君が言っていた「まだ語られていない真実が、街の中に隠されている」という言葉。あれはどういう意味なのだろう。  流介は歓談している三人を見つつ、まだ事件は解決していないのだと自分に言い聞かせた。
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