燭光7-⑷

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燭光7-⑷

「宇賀上さんのこと?そうですねえ、亡くなった人の話をするのは気が引けるところもあるのですが……」 「話せることだけで結構ですので、お願いします」  流介と天馬が頭を下げると、弁財船の船頭をしていたと言う男性は腕組みをして唸った。  天馬によると、この事件のすべての源は宇賀上夫妻にあるのだという。残念ながら流介にはまだいま一つ呑みこめ切れていない部分があった。 「宇賀上さんの奥さん、美音(みね)さんはお父さんが倉庫を持つ海産商だったこともあって、品定めのために自ら弁財船に乗り込むこともあったのですが、そこで宇賀上兄弟と親しくなったようです」 「兄弟?」 「はい、宇賀上さんは海に精通したお兄さんと商いの才がある弟さんとで船問屋を営んでいたのです。が、ある時時化のため船が揺れ、お兄さんの良蔵さんが海に転落して行方不明になったのです。馬車の事故で亡くなったのは弟さんの栄蔵さんです」 「ほう、不幸を乗り越えての成功だったんですね。それなのに不慮の事故とは……」 「ところがですね、栄蔵さんが亡くなって少し経った頃、宇賀上兄弟と付き合いのあった船頭仲間の間でとある噂がまことしやかに流れまして」 「とある噂?」 「ええ。実は美音さんが最初、親しくしていたのは良蔵さんの方だったと言う証言があったのです。栄蔵さんの方は遊び好きで、女癖の方もあまりよろしくないという話もあったものですから首を傾げる者もおりました」 「栄蔵さんは、お兄さんが亡くなったことで大人になられたのかもしれませんね。自分がしっかりしなくては、と」 「だったらよいのですが……」  元船頭が言葉を濁したのを見て、流介は「ははあ、そう麗しい話ばかりでもないようだな」と言外に含ませた不穏な空気を察した。 「貴重なお話、ありがとうございます。飛田さん、そろそろ行きましょう。次の予定が迫っています」 「予定?予定なんて特に……」  応答を待たずにさっと腰を浮かせた天馬に、流介は「これはとにかく退散せよということだな」と察し、「すみません、これでお暇いたします」と天馬の後を追った。 「どういうことだい天馬君、予定なんか聞いてないぞ」 「もうこれで充分ですよ。大体の絵は見えました」 「絵?」 「これは『伯爵の手』の側から見ていては解けない事件です。ですが逆から見ると実に単純な構図の絵です。僕たちにとっては「呪い」から始まっていますが、事実は逆なのです」 「逆……」 「さあ、そうと決まったらすぐ行動に移しましょう。救出は早ければ早いほどいいです」 「救出って、まさかあの場所に……」 「和久間さんさえ無事に救出できれば、この事件は終わったも同然です。馬車の手配をしてきますから、半刻後に『匣の館』で待ちあわせましょう」 「あ、ああ……」  すたすたと足早に去ってゆく天馬の背を見ながら、流介は「まさか今回も大捕物になるとはなあ」と半ば諦めに近いため息を漏らした。
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