燭光8-⑶

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燭光8-⑶

「お気になさらないで天馬さん。どなたであろうとここにいらっしゃった方は、大切なお客様。薬草の香りに包まれているうちにすべて忘れてしまいますわ。さあ、この炎を見て」  天馬の顔に燭台の火が近づくのを見た流介は、思わず声を上げそうになった。が、次の瞬間、天馬が取った行動は驚くべきものだった。なんと、蝋燭の火を一気に吹き消したのだ。 「な……」 「吹き消せないはずなのに……そうお思いでしたらすみません、実は前回の時も「術」にはかかっていなかったのです」  天馬は唖然としている夫人にそう言うと、目で流介に「今です」と合図を寄越した。  流介は身を翻して奥の扉を開けると、中に飛び込んだ。部屋の中には虚ろな目をした男性――和久間が椅子に背を預けていた。 「和久間さん、街に戻りましょう。跡部さんが待っています」  流介が腕を取ると和久間は一瞬、抵抗する素振りを見せた。流介が構わず椅子から立たせと、その後はされるがままになった。 「やあ飛田さん、無事に和久間さんを連れだせたようですね」  流介が和久間を連れて広間に戻ると、天馬が満足げな笑みを浮かべて言った。 「ではこれから、みなさんの心を包んでいるまやかしの香りを消してご覧に入れましょう」 「どういうことです?」  それまでの鷹揚な態度が失せ、色を成し始めた夫人に対し天馬は「存在しない『七本指の伯爵』を木乃伊にすることなく成仏させるのです」と言った。 「存在しない……なんのこと?」 「小夜さん、あなたが何者かは存じませんが『伯爵』なる人物が存在しない以上、あなたもまた『伯爵夫人』であるはずがないのです」  天馬の強い言葉に『伯爵夫人』こと小夜は、顔色を失いわなわなと震え始めた。 「なぜ存在しないと……」 「簡単ですよ。『伯爵』の物語も木乃伊にまつわる話もすべて、和久間さんの言葉を通してしか存在していません。つまり『伯爵』と『伯爵夫人』の物語は何らかの理由で「作られた」ものなのです」 「わざわざそんな嘘をつく理由があるのかしら」 「ありますとも。鍵は宇賀上兄弟です」 「…………」 「馬車の事故で亡くなった宇賀上栄蔵さんとその奥さん、この二人がもし仮に「殺された」のだとすれば、動機のある人物は誰でしょう。実はほとんどいないのです。ただ一人、いるとすればそれは行方不明になった栄蔵さんのお兄さん、良蔵さんです」 「申し訳ありませんけど、何の話かさっぱりわかりませんわ」 「もう少し我慢して聞いて下さい。もし仮にこのお兄さんが生きていたら……そして同じような「動機」を持つ人物とつるんで栄蔵さん夫妻を殺害したとしたら」 「……なにがおっしゃりたいのです」 「庄兵衛さんを動かす――つまり「罪」の意識を持ってもらうには誰か無関係な人物を間に挟む必要があります。それが和久間さんです」  いきなり名前を出され、和久間がびくんと震えるのが流介にははっきりとわかった。
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