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燭光8-⑷
「実際に手を下した下手人は自分に疑いの目が向かぬよう、さも呪いで二人が死んだかのような「怪談」をこしらえる必要がありました。そしてその物語を多くの人に信じ込ませるには語り手である和久間さんと聞き手である庄兵衛さん、そして二人を繋ぐ『木乃伊の手』が必要だったのです」
――そうか、やはり呪いなどなかったのだな。
「聞いた話では宇賀上栄蔵さんの兄、良蔵さんは栄蔵さんの奥さんと恋仲だったそうです。しかし良蔵さんが行方不明になったことでお兄さんの恋人を口説き、自分の物にした。となるとお兄さんが行方不明となったきっかけにも疑いの目が向きます」
流介は戦慄を覚えた。天馬の淡々とした口調の中にはおぞましい因縁話の予感が含まれていたからだ。
「つまり、海に転落した兄を弟は本当に救えなかったのか。ひょっとしたら救えたけれども「あえて」救わなかったのではないか」
――弟が兄を亡き者にして、その恋人を自分の物にするために……なんと恐ろしい。
「兄の良蔵さんなら、自分を殺そうとした弟と自分を裏切ったかつての恋人の両方を殺害しようとしても不思議はありません。しかし、その罪を「呪い」に仕立て上げるには協力者が必要でした。自分と似た動機を持つ協力者が……」
「それがあたくしだとおっしゃるのですね?」
「違いますか」
「――違いません。続きをどうぞ」
「二人が何らかのきっかけで出会った時、彼らの手元にあった物は「一体の木乃伊」だけでした。そこで彼らは百年以上生きている『狩押十郎伯爵』なる怪人物の物語を一からこしらえたのです」
――なんと、ではあの木乃伊は一体、どういういきさつで手に入れた物なのだ?
「木乃伊を持っていたのが誰なのかはわかりませんが、良蔵さんではないように思えます。なぜなら復讐に燃えていたとはいえ良蔵さんは元、商人であり、木乃伊を盗むなどと言うことは畏れ多くてできなかったと思われるからです」
「盗んだ……?」
「はい。生入定というのは真言密教の即身仏だけではなく、割とあちこちで行われていた形跡があります。たとえば飢饉や災害が終わるよう、さまざまな人物が断食をしたり穴に埋められたりして木乃伊になり、寺や祠といった場所に祀られたことがあったらしいのです」
「それを盗んだ……なんのために?」
「恐らくは見世物にしてひと稼ぎするためでしょう。しかし苦労して盗んだ木乃伊は鼠などに食われてぼろぼろになり見栄えがせず、あまり客が入らなかった。そこで盗人は木乃伊の手を切り落としたのです」
「なんのために?」
「可能性としては「木乃伊を薬として売る」か、縁起かつぎのため「燭台代わりにする」か。そのどちらかでしょう」
流介ははっとした、そういえば以前『手をくれ面』事件の時に「空き巣が縁起かつぎのために死体の手を持ち歩く」という話を聞いた気がする。
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