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燭光9-⑵
「うわあ、幻洋館だ。これは素晴らしい絵ですね。天馬さんも外国人みたいだ」
和久間が描いた「書斎」の絵を見た弥右は、興奮した口調で言った。
「和久間さんは天馬君に進呈したんだが、天馬君は長らく和久間さんの絵を待っていた跡部さんに譲りたいということらしい」
天馬から「書斎」の絵を預かった流介は、改めて和久間の才能に感嘆していた。やはりこれだけの人物をあの屋敷に閉じ込めておくのは、多くの人にとって損失と言うべきだろう。
「やはりこれからは絵入りの記事や写真で読者の目を楽しませることも必要だな。うちにもこういう天才画伯が一人欲しいところ……あっ、あの人は」
ふと入り口の方に目をやった流介は、現れた人物に思わず目を瞠った。
「こんにちは、飛田さん。編集部と言うのはこちらの部屋でよろしいのかしら」
「……椿さん。新聞社にどのような御用件で?」
入り口のところに立っていたのは、大十間椿だった。
「私の父が新聞社さんの偉い方と知り合いで、今度広告なんかを作る『図案課』っていう部署を作るって聞いたんです。それで「やらせてくれませんか」って頼んでみたの」
「なんと……」
「欧州では広告を手掛ける画家の方も現れ始めたっていう話ですし、私もそういうお仕事に関わってみたくて。ああ、あの錦絵の絵描きさんもうちで何かお願いできないかしら」
「和久間さんですか。あの方には『ハコダテ・パンチ』がありますからね。うちでは難しいと思いますよ」
「そうなんだ、残念だわ。……仕方ない、ちょっと癪だけど刹那に頼もうかしら」
椿のはしゃぐ姿をぽかんと眺めていた弥右が「飛田さん、あの綺麗な方とお知り合いなんですか?」と目を瞬かせながら尋ねた。
「う、うん、まあ……大十間さんの姪御さんで、刹那さんとも知り合いらしい」
「へえ、世間は狭いなあ。この方や音原さんがきたら賑やかになりそうですね」
「よしてくれ、亜蘭君と若葉君だけでも騒々しいのに、この上刹那さんが来たら記事の執筆どころじゃないよ。……そうだ、僕は調子がいま一つだから、次の読物記事は君が手掛けてくれたまえ瑠々田君」
「えっ、待ってくださいよ僕なんてまだ半人前ですよ。……そうだ、飛田さんの手に電流を流してみたらどうでしょう。古代や未来の出来事をすらすらと書きだすかもしれませんよ」
「……まったく君と来たら。人を勝手に木乃伊にするんじゃないよ」
流介は指を鉤型に曲げると、にやにやしている弥右に向けて脅かすようにつき出した。
〈了〉
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