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燭光1-⑸
「これは珍しい物ですね。大きさからすると本当の大事な物だけをしまっておく箪笥に思えます。波に洗われて多少、変色していますが装飾も含めて価値のある物だと思いますよ」
奥の間で椿が持ち込んだ箪笥を一通りあらためた古物商は、そう言って目を細めた。
「この船箪笥は叔父の古い友人が湾内を航行中に偶然、見つけて引き揚げたものだそうです。
弁財船に積まれていた物ではないかと言うのですが、中をあらためないことにはどなたの船に積まれていたものかもわかりません。開けることは可能でしょうか」
椿が出所の説明を終えると、古物商は「船箪笥というのはからくりのある物が多いのです。中には仕掛けが金庫並みに複雑な物もあるので、果たして……」と唸りながら言った。
「それ……何でしたら僕が開けてみましょうか?」
流介と共に後ろで成り行きを見守っていた天馬が、おもむろに口を開いた。
「なんと、巷で噂の船頭探偵さんは金庫を開ける技もお持ちですか。どうぞお試し下さい」
古物商の許しを得た天馬は前に進み出ると、「では失礼して」と船箪笥をあらため始めた。
「……やあ、こいつは綺麗な船箪笥ですね。ふむ、これは初めて見る形だ。興味深いな」
天馬はいつもの冷静さをどこかに置き忘れたかのように、喜々として謎の船箪笥と格闘を始めた。
「ふむ、どうやらこいつは『倹鈍式」という奴だな」
「ケンドン式?」
「はい。引き出しと見せかけて、真ん中の部分だけが蓋のように……ほら、開きました」
「まさか……」
蓋が開いたその中から覗いたのはなんと、西洋金庫のダイヤルだった。
「……となるとどこかにハンドルを隠している蓋があるはずですね」
「おどろいたな。外から見ると船箪笥、開けてみたら西洋式の金庫という訳か」
「おそらく前の方から見える引き出しや戸はほとんどがただの溝だと思われます。つまり正面は丸ごと扉で、ダイヤルを解錠して手前に引いて開ける方式に違いありません」
「いくら天馬君と言えど、西洋の金庫では降参せざるを……えっ?」
「――開きました」
驚くべきことに天馬は初めて切る西洋式金庫の扉を、難なく開けてしまったのだ。
「観音開きの戸がありますね。開けてみてもいいですか?」
「どうぞ、中を見ないことには持ち主の見当もつけられません」
「では……」
天馬が白木の戸を開けると、金庫の構造が目の前に現れた。上半分は棚、下半分が引き出しになっており、上の棚には何も入っていなかった。
「さあ、問題は下の引き出しです。中を見てもよろしいですか?」
「もちろん。持ち主に繋がる手がかりが入っていればよいのですが……」
ゆっくりと開けられた引き出しの中から現れた品を見た瞬間、その場にいた全員が「なんだこれは……」と驚きの声を漏らしていた。
引き出しの中から現れたのは封筒と、なんと千切れた袖がついた右手首の木乃伊だった。
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