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燭光1-⑹
「まさか木乃伊が入っているとは」
「封筒には何が入っているのですか」
「ちょっと見てみましょう。ひょっとしたら誰かの秘密が記されているかもしれませんから、どんな物が出て来てもここだけの話にしておいてください」
天馬はそう言い置くと、やや黄ばんだ封筒から中味を取り出した。折り畳まれた紙を広げるとなにやらペンで記した文章が現れ、一同が天馬の周りに集まった。
「読みますよ。ええと……〈この品は諸国の港を訪ね魔力を得た『七本指の伯爵』と呼ばれる人物の手である。伯爵は死してなお魔力を失わず、この木乃伊も譲り受けた者の願いを三つまで叶えるものである。ただし願いの中に世の道理を曲げるものがあれば、大いなる災いが返ってくるであろう〉……だそうです」
「七本指……あっ、本当だ。本来の付け根から少しずれたところに指みたいな物がある」
流介が叫ぶと、椿と古物商が「ひっ」と声を上げた。
「そのようですね。……もっとも指と言うより爪のついた枝という感じですね。生まれつきこういう手だったのかもしれません」
引き出しから出てきた『伯爵の手』からは、五本の指のさらに外側に魔物のような気味の悪い「指」が二本余計に生えていた。
「箪笥が岩礁で見つかったということは、船自体は座礁ないし沈没した可能性が高そうですね。船頭さんが生き延びていれば木乃伊の持ち主もわかると思います」
「どこかに船の名前か船主の名前があれば、問い合わせられるのですが……」
封筒と紙をあらためていた天馬は、ふと動きを止めると「おっ、これはなんだろう」と言って封筒を真横から見つめた。
「見て下さい、封筒の外側の紙が袋になっているようです」
「えっ、どういうことだい?」
「切ってみればわかりますよ」
天馬はそう言うと、大胆にも底の方をぴりりと裂き始めた。
「……やっぱり何か入ってますね。なんだろう?」
天馬が折り畳まれた紙を引き出し広げた途端、座が「おお」とどよめいた。
「絵だ。……いや、絵草子かな?錦絵のようにも見えるが……天馬君、これはなんだい?」
「これはたぶん『錦絵新聞』と呼ばれるものでしょうね」
「錦絵新聞?」
「絵が記事の大半を占める新聞ですよ。今は小新聞と言っているのかな。読者の興味を惹くような事件を、絵で表した物で、一時は人気があったようですが近頃はあまり見ませんね」
「へえ、そういうものがあったとは、新聞社に勤めていながら知らなかったよ」
流介が感心していると、天馬が「あっ、隅の方に文字がありますと」と声を上げた。
「なになに……『ハコダテ・パンチ』?聞いたことない新聞だなあ」
天馬が広げた絵は赤い色を多く使った人物画で、洋装であることから考えて外国人であるように思われた。見出しの文を見た流介は、あることに気づき思わず「あっ」と声を上げた。見出しは「大町に『七本指の伯爵』現る」で、絵の人物の指が木乃伊と同じ七本だったのだ。
「つまり記事の人物が、この手首の主というわけか……ううむ」
「飛田さん、いよいよ出番が来たようですね」
「何の話だい」
「この中で新聞に関わっている人間と言えば、飛田さんを置いてほかにありません」
「まさか僕に探偵の役を押しつけるというのではあるまいね。名探偵がこれほど早く舞台から降りるなど、不埒の極みではないか」
「ふふ、今は自由の世ですよ飛田さん。探偵役など誰がやっても構わないのです」
「しかしだね天馬君。木乃伊がここにあるということは、手首の人物は既に亡くなっているわけだろう?記事を作った人物に会えたとしても、噂を絵にしただけなら『七本指の伯爵』の正体はわからないままだ」
「そうかもしれません。しかし絵があり木乃伊があるということは、噂を作った人物が必ずいるはずなのです」
「やれやれ、参ったなあ。一応、知っていそうなところを片っ端から訪ねてみるけど、期待はしないでくれよ」
流介がそう釘を刺すと、天馬は「わかりました。でも飛田さんは必ず何か見つけますよ」と確信に満ちた口調で言った。
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