燭光2-⑴

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燭光2-⑴

「ハコダテ・パンチ?ああ、名前だけは聞いたことがあるな。確か大町の方で跡部(あとべ)っていう人が興した新聞社だった気がする。でもひと月くらいで刊行されなくなったよ、たしか」  編集室で流介から船箪笥の一件を聞かされた先輩記者の笠原升三(かさはらしょうぞう)は、記憶を辿るように時折天井を見上げながら言った。 「なぜ頓挫したんですか?」 「なんでも専属の画家が行方不明になったらしい。急いで代わりの絵師を探したものの、あまりに画風が違いすぎて刊行を断念、専属画家の行方を追い続けているそうだ。……結局、元の画家の絵があまりに達者過ぎたということなんだろうな」 「それがあの『伯爵』の絵を描いた人という訳か。たしかに上手い絵ではあったが……」  流介はひとしきり唸った後「その大町の会社と言うのはまだあるんですか?」と尋ねた。 「編集部はあるのではないかな。奇譚記事の材料になりそうなら跡部という人を訪ねてみても構わないよ。ただ、挿絵画家探しに入れ込むようだと困るがね」  流介は先輩の鋭い指摘にひるみつつ、「ではちょっとだけ、話を聞いてきます」と答えた。                 ※  『ハコダテ・パンチ』の編集部は弁天町から歩いてすぐの、基坂の下にあった。  社屋は和洋折衷のこじんまりした建物で、流介が呼び鈴を鳴らすと、しばらくして引き戸が開き三十代くらいの男性が顔を出した。 「どちらさまです?」  がっしりした小柄な男性は、流介を見ると訝し気に眉を寄せた。 「はじめまして、私は『匣館新聞』の記者で飛田と言います。実は私、新聞で奇譚読物を担当しておりまして、こちらの会社で錦絵新聞のような物を発行しているとうかがってぜひ、お話をお聞きしたいと思い参上した次第です」 「そういうことでしたか。我々が比べては失礼ですが、いわば同業者ですね。……とにかく中へどうぞ。あ、私は編集者件写真家の跡部と申します。どうぞよろしく」 「よろしくお願いします、跡部さん」  流介は跡部に一礼すると、勧められるまま『ハコダテ・パンチ』の社屋へ足を踏みいれた。  『ハコダテ・パンチ』の編集部は八畳ほどの板張りの洋間だった。ライティング・デスクが一つと大きな作業台、そして部屋の隅には布で囲われた写真を現像する場所があった。 「私が手掛けている『ハコダテ・パンチ』は欧州で刷られている『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』という週間新聞を真似た物で、当初は人や事件をこっけいに誇張した記事を提供するつもりでした。ところが……」 「方向性が変わった?」 「はい。和久間(わくま)さんという絵描きの方と知り合ったことで、新聞の方向性そのものを画家の絵に沿ったもの変更することにしたのです。和久間さんは欧州風の絵も、月岡芳年(つきおかほうねん)のような錦絵風の絵も両方、描けるのです」  誇らしげに専属画家のことを語る跡部に頷きつつ、流介は本題をさりげなく切り出した。 「実は先日、海で見つかった船箪笥を開ける場面に居合わせたのですが、中からこちらで出している新聞の一部と、奇妙な品が出てきたのです」 「奇妙な品?」 「はい。手首の木乃伊です」 「木乃伊ですって?」  跡部は面喰ったように身を引くと、目をぱちぱちと瞬いた。
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