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燭光2-⑵
「ええ。手首の主は『七本指の伯爵』と呼ばれる人物だと思われます。一緒に入っていた記事の挿絵に描かれていた人物です」
「なんと……では船箪笥に入っていた絵と言うのは、『伯爵』を描いたうちの記事だったのですね」
「そのようです。錦絵新聞にも興味がありますが、今日お訪ねしたのはこの『七本指の伯爵』と、絵を描かれた方について何かご存じかうかがうためなのです」
流介が来訪の真の理由を打ち明けると、跡部は「そうだったんですか」と目を丸くした。
「実は私はその木乃伊のことも知らないし、『伯爵』本人にも会ったことはないのです」
「えっ……」
「あれは私が和久間さんと出会った時、「芳年の無残絵とは言わないが、何か奇譚風の絵は描けないものかな」と言ったらあの絵を出してきたんです」
「和久間さんによると『七本指の伯爵』は昔描いた絵で、その後『伯爵』には会っておらず住んでいる場所も知らないとのことでした。私は一切、詳しいいきさつを尋ねないまま絵の凄みだけで記事にしてしまったので当人が亡くなっていることも知りませんでした」
「なるほど、では和久間さんは今、どうされているのですか?」
流介が尋ねると跡部は頭を振って「それが二月ほど前から、連絡が取れなくなっているんです」と絞り出すように言った。
「姿を消す原因や、行き先に心当たりは?」
「それも……ありません。苦し紛れに他の画家を見つけて描いてもらったりもしたのですが、どうにも評判が芳しくなくて……彼が見つかるまでやむなく休刊しているというわけです」
「なるほど、と言うことは残念ながらこの件はここで手詰まりというわけですね」
流介が肩で息をすると、跡部が「いえ、そのように考えるのはまだ早いです」と言った。
「えっ?」
「木乃伊の話は今初めて聞いたのですが、うちの記事や木乃伊がなぜ船箪笥の中にあったのかとても気になります。そこで……」
「なんです?」
「もし飛田さんに海で働く知人が多いのであれば、船箪笥の持ち主を探すことから始めてはいかがでしょう。こんな港の近くに仕事場を構えていて恥ずかしいのですが、私は船乗りの知人が少ないのです」
「海で働く知人……弁財船の船頭にはあいにくといませんが、湾内で伝馬船を操る船頭なら知っています」
「ああ、それはいいですね。私も湾内で働く船頭さんなら何人か存じています。……そうだ、あそこに行かれはどうかな」
「どこです?」
「弁天町に新しくできた『運動増進倶楽部』という道場のような場所です。私の知っている船頭さんが何人か、そこで体を鍛えているとか」
「運動増進倶楽部ですか……なんだか面白そうですね。訪ねてみることにします。ありがとうございました」
流介は礼を述べると、とにかく訪ねてみようと跡部に『運動増進倶楽部』の場所を訪ねた。
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