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そこでハッと我に返った渚は、コホンとひとつ咳払いをしたあと、営業トークの続きを始めた。
「この物件は中古といっても前のオーナーがたったの1年で手放したので、ほぼ新築のようなものなんですよ?」
「どうしてこんなに良い物件を前の方は手放してしまったのでしょうか?」
お腹をさすりながら、若い妻が少し不安そうな顔をして室内を見回した。
「もしかして事故物件・・・とか?」
「まさか!決してここは事故物件などではございません。」
渚は大袈裟に首を横に振った。
「前のオーナー様はこちらに住居を構えて、いずれ家庭を持つご予定だったのですが、タイミングが悪く田舎のご実家に住まわれていたお母様の体調が思わしくなくて・・・泣く泣くこの物件を手放されたんです。だからここでどなたかが不幸な亡くなり方をされたとか、そういったことは一切ございません。そんな不吉な物件を幸せあふれる新婚夫婦におすすめするなんて、滅相もございません。スマイリーでピースフルな住空間をお届けするのが私どもの願いですから。」
渚の言葉に若夫婦はホッとした顔をして見せた。
「そうは言っても中古は中古。新築時よりかなりお安いお値段となっております。これまでご案内させて頂きました物件の中でこれほどお客様のご要望を兼ね備えたお部屋はございません。ここまで好条件な優良物件はそうそうないと思いますよ?」
渚がゆるやかなウエーブをひとつにまとめた妻の顔に焦点を絞りじっとみつめたのは、この夫婦の主導権は一見大人しそうに見える妻の方だと踏んだからだった。
さっきから積極的にこの物件について細かく尋ねてくるのは妻ばかりで、夫はその受け答えをうんうんと頷くばかりだ。
でもそれくらいで丁度いいのかもしれない。
この部屋で長い時間を過ごすのは、主に専業主婦であるこの妻なのだから。
それでも答えを出し渋るこの夫婦に、渚は不動産営業の常套句を囁いた。
「この物件、かなりの好条件ですので大変人気がございまして・・・早めに決めてしまわないとすぐに別の方が契約してしまう可能性が大なんです・・・」
この物件に関して言えば、これは決して契約を急かすための嘘や強引な誘導ではない。
事実この物件には問い合わせがもう何件か入っている。
それを渚はいち早く、この夫婦を優先的に内見させたのだ。
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