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部屋と住人にも相性がある、と渚は思う。
どんなに良い部屋でも住人との相性が合わなければ住みづらく生活に支障を、大袈裟に言えば人生をも狂わせる。
逆に日も差さず薄暗い部屋だったとしても、その住人の生活様式にぴたりとハマるケースもある。
そしてこの新婚夫婦とこの部屋はきっと相性抜群だと渚の勘がそう訴えている。
不思議と渚のこうした勘は外れることがない。
それは顧客の生活スタイルや要望を細かく聞き、部屋だけでなくその物件の周辺環境なども考慮した提案を心掛けているからだと渚は自負している。
「岡咲さん。私、この部屋に住みたいです。」
若妻は窓からの景色から視線を外し、強い意志を込めた眼差しを渚に向けて力強く頷いた。
「この部屋で新生活を始めたいと思います。公園で子供を遊ばせたり、駅前で親子3人ショッピングをしたい。ね、そう思わない?マー君。」
妻に腕を強く揺さぶられた夫はデレデレとした顔で若妻に微笑んだ。
「カナちゃんがいいなら、僕も異論はないよ。ここでカナちゃんと僕と僕たちのベビーと3人で楽しく暮らそう。」
「ありがとうございます!素晴らしいご決断だと思います。では早速店舗に戻って売買契約書にサインをよろしくお願いしますね。」
渚は大きくお辞儀をし、顔を上げてにっこりと微笑みつつ、右手を握りしめ小さくガッツポーズをした。
そして心の中でふたたびこうつぶやく。
新婚のおふたりさん。
どうか喧嘩などせず、この部屋で末永くお幸せにね。
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