渚、俺様男にバックハグする

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渚、俺様男にバックハグする

「ところで・・・」 渚は項垂れる湊に問いかけた。 「美里さんを追いかけず、そのまま行かせてしまって良かったの?」 顔をあげた湊は少し間をあけてから小さく頷いた。 「美里の行き先は分かっている。おそらく俺の赤坂のマンションか、文京区にある木之内惣の仕事部屋にいる。二重人格になってからというものの、美里の人格のときのあいつは奈央のいる連城家に戻るのが怖い、自分は母親失格だ、とずっと自分を責め続けていた。そんな自分の心を守るために、美里は木之内惣の人格へ逃げ込んだんだろう。」 「じゃあ今、彼女が美里さんの人格でも木之内先生の人格でも、どこかへ消えてしまったりはしないのね。」 「ああ。それはない筈だ。」 それを聞き渚は安心した。 「でもここ3年間ずっと美里さんに戻らず、木之内先生でいたのよね。それなのにどうしてこのタイミングで美里さんに戻ったのかしら?」 渚のその言葉を受け、湊は渚を凝視した。 その縋るような湊の瞳に渚はたじろいだ。 「・・・湊?」 「俺は、全て渚がトリガーなんだと思っている。」 「私が・・・トリガー?」 「ああ。渚がこの連城家と関わり始めてから、この家の止まっていた時間が動き出した。冷たく凍った氷のような部屋が渚の熱で溶け始め、俺は半ば諦めていた奈央との心の繋がりを取り戻すことが出来た。そして渚、お前は図らずも木之内惣と2度も出会った。まるでそれが必然であったかのようにな。渚と木之内惣が出会うことに否定的だった俺が言うものなんだが・・・きっと渚の中のなにかが美里の心を揺り動かしたんだろう。」 「そんな・・・私なんか、ただ『紫陽花と少年』にサインを頼んだだけよ?そんな大層なことしてない。」 「『紫陽花と少年』の本を久しぶりに見たことも、美里の心の琴線に触れたのかもしれない。あの小説は美里がまだ木之内惣になる前に書いた作品だからな。いずれにしても、渚という存在が俺の世界を大きく動かしつつある。」
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