渚、母なる人へ訴える

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「そんな低姿勢で頼み事をする湊君、長い付き合いだけど初めて見た。・・・そこまでされたら仕方が無いわね。」 木之内惣はこれみよがしに大きなため息をつくと、しぶしぶボイスレコーダーを手に取り、再生ボタンを押した。 しばらく雑音が続き、唐突にその声は始まった。 『こんにちは。いや、こんばんは?お元気ですか?僕は元気です。身体の具合はどうですか?どんな病気なのか僕にはわからないけど・・・』 その声に木之内惣はハッとした表情を浮かべ、真剣な面持ちでボイスレコーダーに耳を当てた。 『えーと、何話そう・・・僕は最近お菓子作りにハマってます。湊が教えてくれます。湊ほど上手ではないけど、まずまずの仕上がりです。お菓子作りはレシピ通りきっちり作ると、綺麗で美味しく仕上がるところが快感。お母さんにも僕の手作りクッキーを食べて欲しいです。』 お母さん、というワードを聴き、木之内惣・・・美里は何回も瞬きをした。 『学校の成績は中の下くらい。勉強は理科が好きで、図鑑で調べて昆虫の生態なんかを知るのが楽しいです。』 『最近渚・・・あ、渚は僕の友達で家庭教師なんだけど・・・渚が本を読んでくれました。紫陽花と少年、という本です。とっても面白かった。どういうところが面白かったかというと、紫陽花の色が変わるにつれて、ジュンの心の色も変わるところかな?そうやって花の精と人間の心が通じ合うのっていいなって思った。人間と人間も同じなのかな?心がすこしづつ通じあって色を変えて、仲良くなったりケンカしたりするのかな?』 『これ、お母さんが書いたんだってね。僕、びっくりしました。お母さんってすごいね。本を読んだ人の心を沢山の色に染める仕事をしているんだね。僕はお母さんが誇らしいです。』 『お母さん、これからもいっぱい本を書いてください。そして沢山の人の心を幸せ色に染めてください。僕も応援してます。』 『お母さん、早く病気が良くなるといいね。お母さん・・・会いたいです。すごくすごく会いたいです。・・・じゃ、またね。』 音声が終わり、カチャリとボイスレコーダーがオフになった。
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