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 ある土曜日、昼前になってようやく起きてきた父が、わたしの腕の中の人形を見て、顔を近づけた。 「それ、前より髪伸びてないか?」  呆れた声を出したのは、台所で昼食の用意をしていた母だった。 「ちょっと、まだ酔ってるんじゃない?」  前の晩、わたしが起きている間に父は帰ってこなかった。 「そんなわけあるか。ほら、きてみろよ」  父の真剣な口調に、母はしぶしぶといった感じで手を止め、わたしたちのそばまでやってきた。 「少し、貸してくれる?」  幼児向けのアニメのビデオを観ていたわたしは、邪魔をされて少しムッとしたが、母に言われた通り、人形を渡した。 「昔はこんなに顔隠れてなかったって!」  と父。  母は人形の髪に何度も手櫛を入れながら確認したあと、「うーん」と唸ってわたしに返した。 「引っ張ったりしちゃったんじゃないの?」  ねえ、と同意を求められたが、わたしはそんなふうに乱暴に扱ったことはなかった。
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