誰もいない旅館~次々と客たちが消失していくミステリー~

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 僕にはどうすることもできない。  とりあえず、警察を呼ぼう。  慌てて受話器を手に取ると、急いで110番をかける。  すぐに、相手が出た。 「はい110番です」 「あ、あの、みすず旅館に泊まっている者ですが」  声が上ずってうまく話せない。 「もしもし?」  電話口の相手が聞いてくる。 「至急、来てもらえませんか!? 人がいなくなっているんです!!」  他にいい言い回しが思いつかない。  いや、逆にパニックになっていると気づいて、すぐに来てもらえるだろう。  そう思った矢先、電話口の相手が言った。 「もしもし? よく聞き取れないのですが」 「みすず旅館で、人が消えてるんです!!」 「もしもし? 全然聞こえないんですけど。事件ですか!?」  僕は愕然とした。  こっちの声が、まるで通じない。  電話口で声を荒げる警察官の言葉を耳に、僕はゆっくりと受話器をおろした。  その直後、違和感を感じた。  さっきまでの騒がしい声がまるで聞こえない。  ふと振り向くと、女の子たちが3人とも消えていた。  予兆も何もなかった。  突然、いなくなっている。 「ひ……」  僕はすぐさまスリッパを脱ぎ捨てると、みすず旅館を飛び出した。  玄関先にはいまだバスが停まっている。  そのバスを通り過ぎると、僕は全速力で道を下った。  帰らなきゃ。  ここは危険だ。  よくわからないが、ここにいてはダメだと思った。  いくつもカーブを曲がり、ひたすら坂道を下る。  ふと、目の先に黒い煙が見えた。  大きな急カーブ。  ガードレールはなく、その下は急な斜面となっている。  その斜面の下から、煙が上がっているようだ。  僕は息を切らしながら、その急カーブから斜面を見下ろした。  黒いタイヤ痕の先に、バスが転落している。  どこかで見たバスだ。 「あれって……」  そうだ。僕が乗っていたシャトルバスだ。  なぜ、こんなところに。  しかも、横転している。  僕は、恐る恐る斜面を下っていき、バスを覗き込んだ。  そこで、目にしたものは、想像を絶する凄惨な光景だった。  至る所に真っ赤な血が飛び散っている。  その血の海の中に、見知った顔がたくさんあった。  写真撮影をしていた老夫婦、愛想よく送り出した運転手、突然消えた中年の男と若い男、そして3人組の女の子たち。  そのどれもが、生気のない顔をしている。  一目で、死んでいるとわかった。  これは、いったいどういうことだ。  斜面を見上げると、その激しさは凄まじかったらしく斜面の草がむしりとられ、下の土がむき出しになっている。  どうやら、カーブに曲がりきれなくて、ここに落ちたらしい。  と、いうことは……。  僕は、考えたくもない想像をしてしまった。  きっと、青びょうたんのように真っ青な顔をしているだろう。  ゆっくりとバスの車内に目を向けると。  僕の姿があった。  頭から血を流しながら、ぐったりとしている。 「ウソだろ、そんな……」  僕はここにいる。しかし、もう一人の僕は頭から血を流している。  よく見ると、かすかに胸が上下していた。  まだ生きているようだ。  そこで、ようやく僕は合点がいった。  次々と消えてしまった人たち、それは死んでしまったことを意味している。  ここは、きっとあの世とこの世の狭間なのだ。  生き返ればもとの世界に。  死んでしまえば、消えてあの世へと送られる。  そうだ、そうに違いない。  僕は、祈る想いで自分の姿を見つめ続けた。  このまま死んでしまえば、きっと僕もここから消え去ってしまうに違いない。  その先は、どこへ向かうのかわからない。 「誰か、誰か助けてください──」  僕は無我夢中で祈った。  誰でもいい、助けてくれ。僕はまだ死にたくない。  その時、はるか遠くの方から救急車のサイレンが聞こえてくるのを感じた。  それは、僕の命を救う救世主のごとき音であった。 「おおい! ここだ、ここだ!」  僕は大きく手を振る。  音しか聞こえないが、確かにこちらに近づきつつあった。  助かるかもしれない。  そんな淡い期待を抱きつつ、僕は目の前の僕を祈るように見つめた。  しかし次の瞬間。  横たわる僕の身体から「ひゅっ」と生気のようなものが放たれたかと思うと、目の前が暗転したのだった──……。
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