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延岡はついさっきまで陸上競技の大会が行われていた競技場の控室で、肩をふるわせながら下を向いていた。
「あと1秒、いや0.5秒……いや0.2秒でいい。タイムが伸びていれば……」
延岡は陸上競技の短距離・100m走の選手。現在30歳。
子どもの頃から全国大会で上位入賞するなどして注目されていて、若い頃は「将来のオリンピック候補」とまで言われていた。
100m走の持ちタイムは10秒台前半。
既に高校生の頃から「9秒台を出すのは時間の問題」「近いうちに世界で戦える」と騒がれていて、延岡自身もいずれそうなるだろうと思っていた。
……しかし、それから10年以上経ったが、今だに9秒台の壁は破れていない。
10秒3、10秒2、そして10秒1まで出したことは何度もあった。
練習に練習を重ねた。9秒台を出すことだけを考えて毎日過ごしてきた。
これ以上ないというくらい練習し、またコンディションを整えるのにも相当気を遣った。
人生のすべてを陸上競技のためにささげてきた、と言っても過言ではない。
しかし、どうやっても9秒台には到達できない。
どうしても最後のひと伸びができないでいた。
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