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ラストプログレスに入った延岡は、カウンターに座り、目の前に立つ女性、レーツェルに酒を注文した。
レーツェルが出した酒を延岡は一気に飲んだ。
酒など若い時に付き合いでちょっとだけ飲んだことしかない延岡は、その一杯ですぐに酔っぱらってしまった。
頭がぼーっとしてきた。
酒のせいでそんな気分になってしまったのかどうかはわからないが、延岡の口からそれまで誰にも話さずずっと我慢していた感情が一気にあふれ出てきた。
「あとひと伸びさえあれば、俺は日本一の選手にもなれたし、オリンピックにも行けたんだ」
カウンターに立っているレーツェルは、相槌を打ちながら延岡の話を聞いていた。
「ひと伸びできれば、まだまだ俺は若い奴なんかには負けないんだ」
「そうですか」
「今日だって途中までには俺が勝っていたんだ。最後のひと伸びさえあれば、優勝してインタビューを受けているのも俺だったんだ」
「そうですか」
「1秒も2秒も速くなれればなんて思っていない。ほんのひと伸びでいいんだ。それさえあれば……。最後のひと伸びさえあれば……ひと伸びさえ……」
延岡は拳を握りしめたまま肩を震わせ、そのまま何度も何度も同じ言葉を繰り返していた。
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