ラストプログレス ~最後のひと伸び~

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 ラストプログレスを出た延岡はそのまま家に帰った。  テーブルの上に錠剤を置き、テレビをつける。  ちょうど夜のニュース番組の時間で、今日行われた陸上大会のことが放送されていた。  話題は100走で10代の若者が9秒台を出して優勝したことで持ちきりだった。  優勝した選手がレース後にインタビューを受けている映像が流れる。 「はい。近いうちに9秒台は出せると思っていました。だから、今回の結果にも特に驚きはありませんでした」  その言葉に延岡の体がピクッと反応した。 「次の目標ですか? 国内で優勝することに満足しないで、次は世界の舞台で戦うことです」  そう答える若者の表情は、自信に満ち溢れていて、そして眩しいくらいにきらきらと輝いていた。  延岡はテレビの画面越しにインタビューを受ける若者をじっと睨んでいる。 「9秒台は出せると思っていた、次は世界が舞台……だと。俺なんかは眼中にないってことか」  そうつぶやきながらずっと画面を睨みつけていた。 「くそっ。本当は俺のほうがすごいんだ。俺がもうひと伸びさえできれば、あんな若造なんて目じゃないんだ」  延岡はテレビを消すと、テーブルの上に置いた錠剤のほうを見る。  ラストプログレスに行ったときのレーツェルの言葉を思い出す。 「本気で最後のひと伸びがしたい、それによって人生を変えたい、と思っているのなら、覚悟を決めなければならない」 「何のリスクも取らずにひと伸びなんてできるわけがない。そうでしょ? 覚悟を決めるしかないのよ。やるのか、やらないのか」 「覚悟を決める、リスクを取る……」  延岡は何度も同じ言葉を口にしながら、錠剤を手に取る。 「やってやるよ。覚悟でも何でも決めてやるよ。これはドーピング剤でも何でもない。ただのきっかけに過ぎない。俺が元々持っている能力を引き出すきっかけになるだけだ。俺は悪いことなど何もしていない」  延岡は目をつぶって、錠剤を一気に飲んだ……。  錠剤は特に何の味もしなかった。  飲んだ直後に自分の体に何か変化が起きた様子もなかった。  翌日から、次の大会に向けて練習を開始したが、体にも走りにも特に何の変化も見られなかった。 「ちっ、何も変わらないじゃないか。あの錠剤には何の効果もないんじゃないのか。あの女に騙されたか」
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