プレイヤーの選択

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 真夏の校舎。その放課後、僕は教室にいた。頬杖をつきながら自席に座っている。放課後とはいえ、日没までまだ時間がある。窓の外には強い日差しが降り注いでいるようだ。部活動や帰宅する生徒の波が引き、教室には僕を含めて数人しかいなかった。 「はぁ、暑そうだな。」  窓の外を見ると、制服を着た生徒たちが見える。彼らはみんな汗だくで、歩くたびにその姿から熱気が立ち上るようだった。僕の学校の制服は、伝統ある学ランとセーラー服だ。ブレザーが主流となった今では珍しいかもしれない。それでも、紺色の落ち着いた色合いの制服は学校の象徴になっており、変わる気配はないらしい。そんなことを考えながら時間を潰していた。  エアコンが効いた教室で、このままもう少し涼んでから家に帰ろうと思っていた時だった。 「おい!」  教室で一人黄昏れていた僕は声を掛けられた。椅子に座ったまま声の方向を振り返ると、そこには生徒会長の女子生徒がいた。彼女は長い黒髪を腰まで垂らし、切れ長の目で僕を品定めするかのように見ていた。会長である彼女は美少女だが、性格は校則に厳しく、僕とは縁のないタイプだ。 「な、何ですか?」 「君は、アビスフォージに詳しいんだな?」  セーラー服を校則どおり完璧に着こなしている彼女から、無縁と思われる言葉が飛び出した。 「……えっ?アビスフォージ?カードゲームの?」 「ああ、そうだ。君はそのゲームが得意なんだろう?」  有無を言わせない口調で彼女は話を続ける。確かに僕はアビスフォージというカードゲームのプレイヤーだ。とはいえ、近くのカードショップの大会に参加する程度で、特にこれといったものはない。 「……ああ。えっと、得意かどうかは別にして、やってはいますね。」 「そうか。では、私についてきてくれ」 「へ?」  いきなり何を言い出すんだ? 彼女は僕の腕を掴み、そのままどこかへ引っ張っていこうとする。 「ちょ、ちょっと!」 「黙っていろ。悪いようにはしない」  いや、どう見ても悪いことしか考えてないだろ! 心の叫びは届かず、僕は彼女に引っ張られた。会長は、地味な僕の腕を引っ張りながら廊下を歩いている。周囲の生徒たちは、何事かと僕たちを注視していた。辿り着いた先は生徒会室だった。生徒会室といえば生徒会の本拠地だ。そんな場所に僕を連れ込むなんて、悪い予感しかしない。 「あの……、一体何の用ですか?」 「それは、これから分かる」  彼女はそう言って生徒会室の扉を開けた。エアコンが効いた部屋。その部屋の中では、女子生徒の二人が、長机の周囲にあるパイプ椅子に座って、何かの作業を行っている。生徒会室には、清潔感を感じさせる制汗剤の匂いや石鹸と思われる香りが入り混じっていた。それが僕の鼻腔をくすぐり、ここが女子生徒の場所だという雰囲気を強く作っていた。 「その子が、会長が選んできた子なの?」 「ああ、そうだ。適任者だと思う。」  会長と生徒会のメンバーが会話をしていた。会長に声を掛けているのは、おそらく副会長であり、朝の全体朝礼などで、会長の隣にいることを見たことがある女子生徒だった。副会長の女子生徒には、どこか人懐っこい雰囲気があり話しかけやすいため、会長の補佐として、彼女が適任に見える。そして、もう一人の彼女は、書記だと思われた。彼女も同じように、朝礼で見たことがあった。会長とは違った、全てが計算づくという厳しさ、というものを感じる彼女は、彼女は、会長と副会長の会話を聞きながら、自分の作業を進めているようだった。  生徒会メンバーたちは皆、女子生徒であり、しかも会長を含めて全員が美少女だ。彼女たちが来ている夏服のセーラー服は、白地に紺の襟が爽やかな印象を与え、汗ばんだ僕とは対照的に涼しげで清潔感が漂っている。そのまるで、どこぞのアイドルユニットでも結成しているのかと、思わせんばかりの生徒会のメンバー。彼女らが会話を終えた後に、一斉に僕を見た。僕は、思わず後ずさりしようとするのだが、生徒会長の腕に掴まれたままだ。 「では、早速だが君に頼みがある。」 「な、何ですか?」 「私たちにアビスフォージのルールを教えてくれ!」 「……は?」  いや、ちょっと待て! なんで僕がそんなことしなくちゃいけないんだ!? 心の叫びを無視して、会長は話を続けた。 「実は、他校との交流プログラムで、相手の高校が催し物としてカードゲーム大会をやるそうなんだ。そこで、学校別チームを作ってアビスフォージで対戦することになった。しかし、私たちはアビスフォージなどやっていない者ばかりだ。」 「それは分かりましたけど、なんで僕に?」 「君がアビスフォージに詳しいからだ! 他に理由などない」  確かに僕はアビスフォージをやっているし、ルールも分かっている。しかし、だからといって何故僕なんだ? 疑問を無視するように彼女は話を続けた。 「頼む! この通りだ!」  彼女はそう言って頭を下げた。会長がそうすると他の二人も驚いたように、会長と僕のほうを見ていた。普段、会話すらしない強気の美少女が頭を下げる姿に、僕はドギマギしてしまった。 「ちょ、頭を上げてください!」  そう言っても、彼女は頭を下げたままだ。ほかの生徒会メンバーも心配そうに見ていた。パニックに陥った僕は、その場を収めたい一心で、普段の自分では絶対に言わない前向きなことをつい言ってしまった。 「わ、分かりましたよ! やります! やらせてもらいます!」 「ほ、本当か!?」  会長が頭を上げて嬉しそうに言った。その様子を見てほかの生徒会メンバーもほっと胸をなでおろした様子だ。しかし、僕は自分が言ってしまったことを後悔していた。こんなことをするのは僕のキャラではない。しかし、今更撤回するわけにもいかず、そのまま彼女らの前でカードゲームの講師を始めるのだった。
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