のばしてのばしてのばして

2/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 さて、場所は変わって、ここは地球のエクスエンド国。この国に、ビヨーンという青年がいた。  ある日、ビヨーンが日課の散歩していると、ぐにょっとした感触の物を左足で踏んだ。靴の裏を見てみると、ガムがついている。  こんな所にガムを捨てやがって、とビヨーンは腹を立てた。ガムを靴から取りたいが、汚いから直接触れたくはない。  仕方ないので、ビヨーンは左の靴にガムをつけたまま散歩を再開した。しかし、歩き続けていると、だんだん左足が動かしづらくなっていく。何かに引っ張られているようだ。  後ろを見ると、なんとガムがちぎれずに伸びて、左足を引っ張っていた。もう2メートルくらい伸びている。普通のガムならとっくにちぎれているはずだ。  ビヨーンは意地になって、そのまま前進しようとした。しかし、ガムの引力はどんどん強くなり、最後には一歩も動けなくなった。  そこに、ビヨーンの幼馴染みの少女、ブラーンが通りかかった。 「あら、どうしたのビヨーン」 「それがさ、このガムがどんなに引っ張っても取れなくて、ゴム(ひも)みたいに僕を引き戻そうとするんだ」 「そんなガムあるわけないじゃない。嘘つかないでよ」 「本当だって。ほら、靴の裏からガムが伸びてるだろ?」  ビヨーンはしゃがんで靴から伸びているガムを見た。 「すごいわ。こんなガム見た事ない」 「喜んでる場合じゃないよ。これのせいで僕はこの場所から進めないんだ」 「じゃあ、私が引っ張るのを手伝ってあげるわ。そしたらさすがにちぎれるでしょ」 「ありがとう。お願いするよ」  ブラーンはビヨーンと向かい合うようにして立ち、ビヨーンの両手を掴んだ。二人はその状態で、ガムがついた地点(次から「ガム地点」と表記する)から離れるように移動した。  ビヨーンは渾身の力で前に進み、それをブラーンが引っ張って補助する。  そこへ、一人のスーツ姿の男が通りかかった。伸びたガムを驚いた顔で見ると、アタッシュケースからメジャーを取りだして、ガムの長さを測り始めた。  それを見てビヨーンが言った。 「おい、あんた。何をやってるんだ。そんな事をするくらいなら、ガムを引っ張るのを手伝ってくれ」 「いえ、それはできません。事情は後で説明しますから、とにかくもっとガムを引っ張ってください」  ビヨーンとブラーンは訳も分からず、とにかくガムを引っ張った。だが、ガムの方が勝ち、二人はガム地点まで飛ばされた。二人とも地面に投げ飛ばされて悶絶する。 「すばらしい」  それを見ていた男は手を叩いて言った。 「私はグネス社の者です。ガムが伸びた長さは4メートル11センチでした。これは踏んだガムを伸ばした長さの世界記録です。おめでとうございます」  グネス社員は倒れているビヨーンに握手を求めた。 「どうも」  ビヨーンは複雑な気持ちで握手に応じた。グネス世界記録保持者になった事は嬉しいが、ガムが取れなければここから動けない。  その時、通りがかりの老人がグネス社員に話しかけた。 「君、今言った事は本当かね」  その老人は、なんとこの国の大統領、ミョーン・ストレッチだった。  グネス社員は答えた。 「はい、私が証人として立ち会ったので、この記録は公式的に認められますよ」 「すばらしい。今日はこの国にとって記念すべき日になるぞ。祝日にしよう」  大統領はそう言ってビヨーンの手を握りしめた。 「ありがとう。君のおかげで、この国は初めて世界で一番になったよ。この国は産業の分野でも芸術の分野でも、世界で一番と呼べるようなものは何も無かった。しかし、それも今日までだ。この国は世界で一番ガムを伸ばした男の出身国になる」  大統領はそう言って涙を流して喜んだ。ここまで喜ばれるとビヨーンも満更ではない。 「ありがとうございます、大統領。光栄です」  うんうんと大統領は(うなず)いてから、こう言った。 「それで、私から提案があるんだが、この記録をもっと伸ばしてくれないだろうか。もし記録を他の国に抜かれたら、この国の世界一位はまた無くなってしまう。君にはどこの国にも抜かれないような記録を打ち立ててほしいんだ」  ビヨーンは胸を張って答えた。 「分かりました。この国のために、記録をもっと伸ばしましょう。しかし、私達の力だけではもうガムは伸ばせません。できれば大統領にも手伝っていただきたいのですが」 「もちろん力を貸そう。だが、さっきみたいに人の力で引っ張る必要はない。もっとパワーがあるトラックを使えばいい。それでも構わないだろう?」  大統領はグネス社員に尋ねた。社員は答えた。 「ええ、何を使っても構いません」 「よし、では今からここに大型トラックを呼ぼう」  大統領は携帯電話を取りだして、誰かに連絡した。 「じゃあ、私はもう手伝う必要がないから帰るわね」と、ブラーン。 「うん、手伝ってくれてありがとう。記録が更新できるように頑張るよ」  こうしてビヨーンはブラーンと別れた。  大統領が電話をかけ終って言う。 「もうすぐトラックが到着するから、しばらく待ってくれ」  待つこと十五分。二十トンの大型トラックがやって来た。 「ささ、乗ってくれ」と大統領。  ビヨーンはトラックの助手席に乗り込んだ。ドアにガムがくっついてしまうのを避けるために、ドアに挟まれる部分には紙をくっつけておいた。  助手席側のドアからガムがはみ出た状態で、トラックがゆっくりと発進する。  ガムは先ほどよりも大幅に伸びた。ガムは伸ばされるにつれて細くなっていき、糸のようになった。それでもちぎれる事はなく、トラックの方が先に動かなくなった。どれだけアクセルを踏んでも前に進まない。  グネス社員はメジャーの端をガム地点に添えて、トラックまでの長さを測定した。 「80メートル22センチ。世界記録を大幅に更新です。おめでとうございます」  運転手はそれを聞いてアクセルを少し緩めた。すると、急激な速さでトラックはバックし、ガム地点まで引き戻された。  運転手は窓から大統領に言う。 「大統領、このトラックじゃ今のが限界ですぜ。どうします?」 「うーん、そうだな。もっと記録を伸ばしたい。トラックの数を増やそう」  大統領は更なるトラックを要請した。  グネス社員もメジャーでは100メートルまでしか測れないので、できるだけ長いロープを持ってくるように他の社員に連絡した。まずはロープをガムと同じ長さまで伸ばし、それからその長さが何メートルあるかを会社にロープを持ち帰って測定すればいい。  15分ほどで三台の大型トラックが到着した。ビヨーンが乗ったトラックの前にチェーンで繋げられ、計四台のトラックが一繋ぎになった。  トラックが発進する。ガムは先ほどよりも伸びるがちぎれない。結果、ちぎれるより先に四台のトラックが停止した。  ロープを持って到着したグネス社員が、ロープをガムの端から端まで伸ばした。具体的に何メートルなのかは分からないが、先ほどの四倍は伸びている。  大統領はもっと伸ばしたいと思い、トラックを十台要請した。しかし、ガムはそれでもちぎれなかった。そこで、大統領はまたトラックを要請した。  ガムがトラックを止める度に、大統領は新たなトラックを追加していき、最終的には千台ものトラックが連なった。  グネス社員達は長いロープを何本も用意するのが面倒なので、途中から計測を止めた。後からトラックの進行距離を測ればそれでいいのだから。  また、最終的にガムは100キロメートル近く伸び、国境に差し掛かっていた。ストレッチ大統領は隣国、ゴムチーズ国の大統領と急遽会談し、このガム伸ばしは国を挙げての大プロジェクトであるから、トラックの国境通過を許可してほしいと頼んだ。  ゴムチーズ国の大統領、ジュウ・ナンシロはこれを快く承諾した。しかも、記録の更新に協力する姿勢を示し、大型トラックを貸してくれる事になった。  両国のトラックが計三千台連なり、ガムはさらに伸びた。この頃にはビヨーンがガムを踏んでから三日間が経過していた。その間、ビヨーンはトラックの助手席から動けない生活を強いられた。しかし、ガムは一向にちぎれない。ついにはゴムチーズ国の国境にまで差し掛かった。  ここまで来ると、ガムプロジェクトは世界中の関心を集めた。  人々はガムの報道に釘付けになり、さらなる記録更新をテレビの前で応援した。  エクステンド国とゴムチーズ国は、見物人がガムを踏んでしまわないよう、急遽(きゅうきょ)ガムの周囲に柵をつくった。柵の外には常に大勢の見物人が押しかけた。  ガムはすでに肉眼では確認が難しいほどに細くなっていたが、目をこらすと太陽光が反射してきらりと光るので、その存在が確認できた。  柵の周囲には見物人をターゲットにした屋台も並び、大盛況した。国外からも多くの観光客が訪れたので、その経済効果は凄まじかった。  そうなると、他の国もプロジェクトに協力する姿勢を示し、ゴムチーズ国の隣国も、そのまた隣国もトラックの通過を許可した。トラックが進んだ道の周りにはその都度柵が作られ、柵内の通行は禁じられた。  トラックの行列には次から次へと新しいトラックが加わっていき、四千台、五千台と増えていった。が、それでもガムはちぎれなかった。  トラックは砂漠までも横断し、時には軍事衝突を起こしている地帯にも差し掛かった。戦闘状態にあった国はプロジェクトが終了するまでは停戦する事を誓い、兵士達は銃を捨て、トラックの後ろに続く柵の作成に協力した。  プロジェクトが開始されてから三ヶ月後、ついにトラックは海を横断しなくてはならなくなった。そこで、各国は巨大な輸送船をプロジェクトチームに貸し出す事にした。  その頃にはトラックの数は三万台に達していた。それらはすべて五千隻の大型輸送船に乗せられ、海上を出発した。船はトラック同様に鎖で一繋ぎになっている。  それでもガムはちぎれず、海の上で船の動きが止まると、ある国の軍隊が原子力空母を貸し出してくれた。空母が先頭となり、原子力によって輸送船をぐいぐいと引っ張っていく。  船に乗ってから一ヶ月後、ようやく船は向こう側の大陸に辿り着いた。到着した先の国は歓迎ムードで、多くの見物人が押しかけていた。  トラックは列を成して降り、すぐに用意されていた新しい四万台のトラックに繋がれた。  その後、トラックの行列は陸を進んでいき、時には山、時には砂漠、時には戦争地帯を通り、そしてまた船に乗って海を渡り、ついに地球を一周しようとしていた。  ガムを踏んでから一年後、トラックはエクステンド国に戻ってきた。この時、トラックの数は十万台にも増えていた。  ビヨーンは一年ぶりの故郷の景色を見て涙を流した。  トラックがガム地点に近づく。ビヨーンがいるトラックは一番後ろである。先頭のトラックからガム地点を通過していった。一秒に一台のペースで通過するので、すべてのトラックが通過するのに二日はかかる。  五万台目が通りかかったところで夜になり、運転手はトラックを降りて近くのホテルに行った。ビヨーンはいつも通り助手席で食事を取る。  翌朝、ガム地点には大勢のマスコミが詰めかけた。当然、それ以外にも国内外の人間がガムの世界一周を見届けようと待っている。  トラックが運転を再開する。六万台目、七万台目と通過していき、夕方になってついに九万台目が通過した。後もう少しで世界一周が達成される。  その頃には観客の数は何倍にも膨れあがっていた。空にはマスコミのヘリコプターが何台も飛んでいる。  九万千台、二千台、三千台と通過していき、ついに残り百台となった。  ビヨーンは感無量だった。これで世界一周が達成できれば、自分の名前は間違いなく人類の歴史に刻まれるだろう。そうなれば一年間トラックに閉じ込められてきた苦労も報われる。  ガム地点まで残り二十台。 (世界一周を達成してマスコミのインタビュー受けたら、どんなかっこいい事を言おうかな)などとビヨーンが考えていた時、異変が起きた。  ガムがくっついている左足から、変な音がした。驚いて靴を見ると、靴紐がちぎれていた。  ガムはドアに挟まれていたので、そこがストッパーになり、靴を引っ張る力を弱めていた。しかし、ここまで来ると増加した力に靴紐が耐えられなくなったようだ。 (なんだ、ちぎれたのがガムじゃなくて良かった)と考えていると、他の靴紐も連鎖的にちぎれていき、靴が脱げて助手席のドアに衝突した。その衝撃は凄まじく、ドアはロックが壊れて開いてしまった。  靴はガムの引力に従って高速で来た道を戻っていった。その速度はやがて音速を超えた。  ガムの通り道は柵で囲まれ、柵内に建物は無かったが、靴は空気抵抗と風の影響で柵の外に飛び出てしまい、周囲の建物に衝突した。衝突箇所はたとえコンクリートであったとしても破壊された。  靴は建物を壊しながらルートを逆走していき、わずか四日でガム地点にまで戻ってきた。靴はガム地点で止まる事は無く、その勢いのままガム地点を飛び越えていった。  そこから靴は地球を半周し、建物の修復箇所を再度破壊した。その後、また来た道を戻り、ようやくガム地点で静止した。だが、その頃には靴は破れて飛び散り、跡形も無くなっていた。戻ってきたのはガムだけである。いくつもの建物が破壊されたが、幸い怪我人はでなかった。  建物を破壊された国々は、プロジェクトに協力した恩を仇で返された形になり、エクステンド国に抗議した。  エクステンド政府は国際社会から再発の防止を求められ、新しい法律を公布した。その内容は「ガムを道に捨てた者は、懲役40年の刑に処す」という重いものだった。  ストレッチ大統領は世界各国に向けて今回の件を謝罪し、この法律の事も伝えた。ただ、その時に「懲役期間が長いでしょう。ガムだけに」というクソしょうもないギャグを言ってしまったために、国内外から大ブーイングを受け、大統領は辞任に追い込まれた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!