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 四方を山に囲まれた村である。  昔、平家の落人(おちうど)が開いた村だと言われている。徳川のころ、そこへ討伐(とうばつ)を逃れたキリシタンたちが流れてきて、加わったという。  時代は変わって、明治となった。  帝国海軍が、露西亜(ロシア)のバルチック艦隊をうち破ったころのことである。  日本中が沸いて、喝采(かっさい)の声をあげるなか、山の村は、十年一日のごとくひっそりと暮らしていた。  さて、村には、娘たちが飼われていた。人数は、少し前までは、四人だった。  年の順に、はる、なつ、あき、ふゆ、の四人である。血のつながりはない。いずれも、幼いころに、里からさらわれてきた娘たちである。  村人たちは、この四人を大切にやしなった。食べ物を潤沢(じゅんたく)に与え、里で仕入れたきれいな着物を着せた。だが、村の外に出ることは禁じた。  彼女たちを飼う目的は、いけにえの人柱にするためであった。  過去に何度も、この村は大きな天災にみまわれた。そのときに、彼女たちのうちからひとりを、龍神にいけにえとしてささげ、その怒りを鎮めるのである。  誰をいけにえとするかは、くじによって決められた。  そうして、ひとり、またひとりと、娘たちをささげていった。  いけにえ用の娘たちを使いきると、また里へおりて、さらってくるのである。  それが、何百年と続くこの村の、生きる知恵であった。  近いころのこととしては、三年前、日照りが続いたとき、四人の娘のうちの、あきが、いけにえとされた。  龍神の怒りはとけ、日照りは収まった。  だが、今年になって、今度はひどい雨がふり続いている。これでは、稲が育たない。  またひとり、いけにえをささげねばならなかった。  残っている娘は、はる、なつ、ふゆ、の三人である。
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