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「さあ、取るがよい」
娘たちの世話をしている婆さまが、三方を彼女たちのほうへ、押し出した。
三方の上には,小さく折りたたんだ紙が、三片乗せられている。紙のひとつには、黒い丸印が書かれてあり、それを引いた者が、今回のいけにえとなるのである。
最初に手をのばしたのは、一番上の娘、はるである。今年、十九になった。
はるは、三方の上の紙をじっくりと見てから、慎重に一片を手に取った。取っただけで、まだ開かない。開くのは、三人いっしょに、である。
一番年下のふゆは、はるの様子をじっと見ていた。ふゆは知っていた、はるには、隠れたものを透かして見る力があることを。はるには、どの紙に丸印が書いてあるのか、見えているのだ。したがって、はるがいま取ったのは、はずれくじのはずだった。
はるには、村人のなかに、秘めた仲の男がいた。その男と隠れて会って、肌を重ねていることも、ふゆは知っている。はるは、まだ死にたくはないだろう。
二番目にくじを引いたのは、なつである。来月で十八になる。
なつは、三方を見つめるはるのほうに目を向けると、残った紙片のうちの一方を取った。
ふゆは、その様子もじっと見ていた。
ふゆは、これもまた知っていた、なつには、人の心を読む力があることを。
残ったくじの、どちらが当たりなのか、はるには見えている。そのはるの心を読んで、なつは、はずれを引いたはずである。
なつにも、村人のうちで、情を交わす男がいた。なつも、まだ死にたくはないだろう。
一片だけ残ったくじを、ふゆは取った。
ふゆは、先月で十六になった。ふゆにもまた、村人のなかに、思い人がいる。名を、タオという。
ふゆには、上のふたりの娘のような、神がかりの力はなかった。ただ、これを「力」と言ってよいのか、彼女は、どこででも、一瞬にして気を失うことができた。人柱となって水に沈められたときは、ただちに気を失い、苦しまぬようにしよう、と、ふゆは幼いころから決めていたものである。
さて、くじを取り終わった三人は、いっせいに紙を開いた。
黒い丸印がついていたのは、もちろん、ふゆの引いたくじである。
あらかじめ見抜いていたとはいえ、やはり一抹の不安があったのだろう、はるとなつが、ほっと息をつくのがわかった。
「これで決まりじゃな」
「はい」
婆さまの宣告に、ふゆはおとなしくうなずいた。それから、はるとなつに向かって頭を下げた。
「これも定め。どうか姉さまたちは、お気になさいませぬように。いろいろお世話になり、ありがとうございました」
はるとなつは、居心地悪そうに、つっと目をそらした。
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