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 よく朝、さっそく、いけにえの儀式がとり行われるれることになった。  村に隣接した森に入って、少しのぼった高台に、大きな沼がある。龍神が住むと言われる沼である。村人は「黒沼」と呼んでいる。いつも水が黒く濁っているからだろうか。  いましも、空一面を灰色の雲がおおい、間断(かんだん)なく雨が降りそそぐなか、沼に一艘(いっそう)の舟が出された。  舟には、太い樫の木の柱が積んであった。柱には,荒縄で縛りつけられたふゆの姿がある。白い死に装束(しょうぞく)を着せられ、ひたいに白い手ぬぐいが巻かれている。長い黒髪は、ふる雨に濡れ、ざんばらになって柱に張りついている。柱の根元には、大きな石を何十個も詰めこんだ、じょうぶな網がくくりつけられていた。柱が浮いてこないようにするためである。  舟は黒い水面を進んだ。屈強(くっきょう)な四人の若者が乗りこんでいる。ひとりが(かい)をこぎ、残りは黙って、濁った水面を見つめている。  沼のほとりでは、笠をかぶり、(みの)をまとった、百名ほどの村人たちが、ことのなりゆきを見守っていた。はると、なつの姿も、そのなかにあった。  舟は沼のまんなかに出て、止まった。  若者たちは、ふゆをくくりつけた柱を、四人がかりで抱え起こした。 「ふゆ、言い残すことはないか?」  四人のうちの、年かさの男が、柱の上のほうを仰いで、()いた。  ふゆは一度目をとじると、舟の者たちに向かって言った。 「みなさま、さようなら」  声がふるえていた。若者たちは唇をかんだ。  ふゆは顔を上げると、沼のほとりに立つ者たちへ向けて、声をはりあげた。 「さようなら、(あね)さまたち。さようなら、村人たち」  雨音にかき消され、とぎれとぎれになりながらも、その声は確かに村人たちの耳に届いたようだった。何人もの村人が、胸の前で手を合わせた。  ふゆが言い終えるのを待って、若者たちは、人柱を沼に投げこんだ。  ドボン、と大きな音をたてて、人柱は沼に突き刺さった。かと思うと、あっという間に、水面の下に沈んでいった。
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