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 水中に投げこまれるやいなや、ふゆは、自分の力で気を失った。それが、彼女にできる唯一のことだった。  と、そこへ――。  見通しのよくない水のなかを、もぐったまま、泳いできた者がいる。  ふゆの思い人の、タオである。  かねてから、ふたりで打ち合わせていた行動だった。  タオは、人柱にたどり着くと,手に持った(なた)をふるい、ふゆを縛っている縄を切った。気を失ったふゆを抱きかかえ、息の続く限りに、水中を泳いでいった。  やがて、沼のはずれにある、(あし)のしげった場所まできて、タオは浮上した。我慢していた息を、大きく吸った。限界まで絞りきった体のすみずみに、空気がいきわたった。  タオはふゆの頭を水面上に保ったまま、後ろをふり向いた。葦の間から、沼に浮かぶ舟と、向こう岸の村人たちがかすかに見えた。ふる雨と、この葦が、自分たちの姿をくらませてくれるだろう。  タオはふゆをかかえ、身を低くして、陸に上がった。雨をしのげる木の下に、ふゆの身体を横たえた。口うつしで、呼吸をさせる。気を失っていたおかげで、ふゆは水を飲んでいなかった。ふゆはじきに意識を取りもどした。 「ああ、タオ」  ふたりは抱き合った。  タオはふゆをつれて、山の斜面をのぼった。自分の炭焼き小屋へつれていき、用意してあった着物に着替えさせた。タオも着替えた。  ふたりが難を逃れたころ、いけにえを横取りされた龍神が、怒りを爆発させた。  怒涛(どとう)のように雨がふった。たちまち沼の水があふれた。と同時に、沼のある高台の斜面が、地崩れを起こした。沼からあふれ出した泥水が、村を襲った。村は冠水し、じきに水面下に沈んでいった。   炭焼き小屋のなかにも、轟音(ごうおん)と振動が伝わってきた。  ふいに、雨がやんだ。    ふゆとタオは小屋から出て、村のほうを見下ろした。  村のあった場所は、巨大な水たまりになっていた。  水たまりのあちらこちらに、豆つぶのような小さな人影が見えた。それらは、たちどころに沈んで、消えた。 (さようなら、(あね)さまたち。さようなら、村人たち)  ふゆは、タオの腕にすがり。たくましい肩に、頭をあずけた。その口もとに浮かんでいるのは、ひややかな笑みである。                                 〈了〉
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