第三章 私天使。完全に悪魔を出し抜いている

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第十話 見つめる者  笑いかけてきている男子生徒に、男はひどく動揺していた。誰にもバレないようにリアを見つめ、身を潜めていたところを話しかけられているのだから。 「彼女のことが心配なのですね? こんなところに身一つでいらっしゃるんですから」 「あなたは一体……?」 「俺はピャーナ。あの学校の三年生です。彼女の正体は知っています。ああでも、彼女は俺にバレているとは思っていないでしょうね」  男は絶句して、その場から離れようとした。額には大量の汗が滲む。触れられてもいない、一眼見ただけで天界から来た使いであることがバレているのだ。学生とはいえ、目の前にいるのは悪魔。危険人物に違いない。 「警戒しないでください。俺は別に、彼女のことをバラそうとしているわけではないんですよ。もしそのつもりなら、あなたは今ここで消滅していたことでしょう」 「しかし……あ、悪魔である貴方をどう信じろと……」 「そうですねぇ……」  「あ」と、ピャーナはいいことを思いついたというふうに、またにこりと笑った。 「先ほどの彼女のステージですが、俺の力も働いていたことにお気づきでしたか?」 「あっ……! まさか貴方!」  本日、いろいろな不幸が重なってリアは一人で舞台に立つことになる。歌っている途中でテンションが上がり、天使の歌声を披露していた。  それに気がついた男は彼女の正体が天使とバレぬよう、舞台の背景に悪魔の羽を写し、観客に「リアは天使のキーが出る悪魔である」と思い込ませようとしていた。しかし、その方法には一つ問題があった。  舞台袖、つまり横から彼女をみる者たちにはバレかねない。しかも舞台袖は視界に入りにくいので、狙われた時に反応が遅れてしまう。  焦っていると、彼女の背中付近から、立体の悪魔の羽のようなものが生えているように見えた。目を凝らしたところ作り物のようだが、一体誰がそのようなことをしたのか分からず混乱していたのだ。 「ええ。あの悪魔の羽は俺です」 「何故、そのようなことを……あ」  男は口を大きく開けた。 「彼女の正体がバレないようにするために決まっているでしょう」 「それにしてもです。いったい何故?」  その問いにピャーナは「可愛らしいし、自由で面白くて」と答える。それを聞いた男は、やっと自分と同じ考えを持つものが現れたと興奮していた。男は誰よりもリアに忠誠を誓っているからだ。リア命、リアオタクなのである。 「そろそろお名前を教えてくれる気になりましたか?」 「ええ、もちろん。私はナートラ。リア様の執事でございます」  二人は手を取り合う。男、もといナートラとピャーナは、天使リアをサポートすべく、協力関係となった。 「なお、私は天使ではなく、リア様が住まうお屋敷の造花に過ぎません」 「造花?」 「ええ。神の力を宿された、ただの物でございます。ですので、これまでリア様の危機を切り抜けるのは結構至難の業でして……」  ナートラはリアの入学以降、様々なピンチを乗り越える手助けをしてきたのだ。  入学式の羽広げテストの際、リアの用意した仕掛けが作動していないことに気がつき、ストッキングを利用してリアに黒い羽を生やしたことや、遠足の弁当をリアが作った見た目で中身だけ入れ替え、おかず交換を難なくパスさせた話など、話題は尽きない。 「粒あんのおにぎりを食して涙するリア様を見た時には、大変申し訳ないことをしたと反省いたしました……とても貴重なご尊顔ではありましたが」 「あはは!! それは俺も見たかったなぁ」  リアに関するトークで盛り上がり、すっかり人気がなくなったところでその場はお開きとなった。 「そうだ、最近は妙な噂も聞きますので、ナートラさん自身も御気をつけください」 「噂、ですか?」  別れ際にピャーナが告げる。ナートラは引き続きリアを見守るつもりでいたので、噂程度の情報でも手に入れておきたいとピャーナに続きを促した。 「ええ、その噂とはーー」  ナートラは月明かりに照らされた彼を見てゾッとした。本当に彼と手を結んで良かったのかと疑うほど、綺麗な悪い顔をしているから。 「”この学校に天使が紛れている”というものですよ」
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