第三章 私天使。完全に悪魔を出し抜いている

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第九話 天使のワンマンステージ  待ちに待った音楽祭。代表者に選ばれた私を、客席で応援してくれている友人達もいる。しかしその順調な流れは、私以外の歌唱メンバーの欠席と機材トラブルによって乱された。 『原因、特定できません……!』  参ったな……。どうしようか。舞台に演者は立っているのになかなか始まらないことに、客席が小さくざわめき始める。  とりあえず場を繋いでみるか……知っているアカペラの曲はたくさんある。今日のために練習してきた曲は音楽と共に歌いたいし、別の曲で良さげなものを探し当てた。  ああ、これだと顔が綻ぶ。 「〜〜♪ 〜〜♪」  マイクは生きているようで、私の声を拾ってくれていた。静かな空間に私の声だけ。しかもたくさんの人が聞いている。  少しずつ、自分の感情が大きくなっていくのを感じていた。  ああ、なんだか楽しくなってきた! 「〜〜〜〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」 「(完璧だ……!)」  テンションが上がった私は、盛大にアレンジを加えて歌い続けた。しかし、その途中であることが頭に浮かぶ。  その瞬間私の顔は真っ青になった。それは、天界で悪魔のことを調べている時に見つけた記述だ。  ”天使の美しい歌声は悪魔には出すことができないキーである”  つまり今私は、悪魔に出せない音域で歌ってしまっている。これを聞いた悪魔や魔族達がそれに気づいたらどうだろう。 『なぬっ!? なんだその音域は……貴様天使だな!』 『殺せぇぇえええ!!!』  ……となる。想像はいとも容易い。ああどうしよう。客席はほとんどが暗い。奥の席にいる誰かが攻撃するために、もう私をロックオンしているかもしれない。それでも最後まで歌い終えて、恐る恐る舞台袖に目をやる。するとそこには、涙を流す大人達が見えた。 「え……? 涙?」  客席の前方の席の人たちも、立ち上がって皆涙を流していた。拍手と歓声も聞こえる。……なんてことだ。舞台袖に引っ込むようにインカムから声がしたので、私はお辞儀をしてそれに従う。 「す……素晴らしかった。いや、君がそこまで上手だとは思わなくてな。久々にこんな綺麗な声を聞いた」  ラッグ先生がここまで人を褒めるのを初めて見たので、ちょっと驚いてしまった。貴重な一面だ。大切に覚えておこう。  思わず跪いてしまいそうになる。先生は魔族なので絶対にやらないけれど。代わりに少しだけ頭を下げた。 「もったいなきお言葉……ありがとうございます」 「君は俺の部下か何かか?」  動揺しているラッグ先生と話していると、誰かが拍手をしながら近づいてくる。まあ大体予想はついているが、案の定先ほどの学年主任だった。 「流石オーディションを勝ち抜いた生徒だ。その実力なら天界に天使として潜入もできるな」 「ああ、それほど上手かった」  舞台袖でも、キラアやユーデのもとに帰っても、私への賞賛はやまなかった。ああ、いい気分だ。悪いことを頑張って切り抜けたのだから、それなりの褒美がないとな。この賞賛で許してやろうと思う。音楽祭は大成功だ。  この世の中は本当にちょろいな。否、私が優秀すぎるだけか。 「…………」  音楽祭の会場、裏口駐車場付近にて。スーツ姿の男が一人、木陰に隠れていた。その視線の先にはリアという名の女生徒がいる。彼女は数人の学生と共にどこかへ移動しているようだった。その様子は賑やかで楽しそうに見える。 「こんばんは、……天使様……いや、お使いさんでしょうか?」 「!?」  男の後ろから一人の男子生徒が声をかけた。身を潜めていた男は飛び上がるように体を撥ねさせて彼をみる。  それを見た男子生徒は大層嬉しそうに、にこりと笑った。
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