75人が本棚に入れています
本棚に追加
/79ページ
「アレのことなんだけど」
それだけで、箱崎くんが何を言おうとしているのかすぐにわかった。
それだけ鮮明な記憶として頭にこびりついている。
「い、言わない! 誰にも言ってない!」
「そう」
箱崎くんはそれ以上何も言おうとしなかった。
その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「でも、先生と恋愛とかドラマみたいだね」
沈黙が怖くてバカみたいなことを言ってしまった。
それで、さっきまで普通に見えた箱崎くんの顔から表情が消えた。
「そんなふうに見えた?」
「えっ? あ、うん」
「君は、幸せな家庭に育ったんだね」
「幸せ? いつも怒ってばっかのお母さんと、休みは寝てるだけのお父さんに、生意気な妹だけど」
「それを、幸せって呼ぶんだよ」
「そっか、そうかもね」
箱崎くんは立ち上がると言った。
「君は、特別に無料でいいよ。したくなったら言って」
それって……
箱崎くんの言葉の意味を、何度も何度も考えたけれど、同じ結論にしかならない。
でも、それを言葉にすることはできなかった。
代わりに、公園の中を通って、反対側の道路に向かう箱崎くんの後姿を見続けた。
最初のコメントを投稿しよう!