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雨が降っていた。 だからいつもより暗くなるのが早くて、委員会で遅くなったわたしは焦っていた。 最近、学校の付近で変質者が出たというニュースを聞いたばかりだったから。 急いで教室に戻ると、箱崎くんがひとり窓際に立っていた。 箱崎くんとはあの公園で話して以来、ずっと口を聞いていない。 あの日までは、「宿題やって来た?」とか、たわいのないことで、わたしの方から話しかけていたのに、それができなくなってしまっていた。 黙って机の上に置いたままのカバンを手にした時、箱崎くんの方から話しかけてきた。 「外、暗いから送るよ」 「大丈夫だよ。うち、近いから」 「だからだよ。担任も学校付近が危ないって言ってたから。それとも、僕に送られるのは嫌?」 「……ううん、そんなことない。じゃあ、お願いしよっかな」 傘をさして、会話もないまま並んで歩いた。 やがて耐えられなくなって、わたしの方から話しかけた。 「すっかり寒くなったよね」 聞こえていなかったのか、無視されたのか、箱崎くんは何も言わなかった。 家の近くの、あの公園まで来たところで、ようやく箱崎くんが口を開いた。 「あのさ、僕、いなくなるから」 おかしな言い方だと思った。 でも、そういう言い方もあるのかな、と深く考えたりしなかった。 「転校するの? どこに?」 「やっぱり、君は恵まれた家庭に育った人だよね。だからそういう発想になるんだ」 「なんか、その言い方棘がある」 あの日から、箱崎くんは、わたしが知っている箱崎くんではなくなってしまった。 何だか、別の人みたいに遠くに感じていた。 「……もう、ここでいいよ。家、すぐそこだから」 「サヨナラを言いたかったんだ。きっともう会うことないから」 それだけ言うと、箱崎くんは以前もそうしたように、公園の中を反対側の道路に向かって歩いて行った。 違うのに。 わたしが言いたかったのは、こんな言葉じゃなかったのに。 「ねぇ、待って」 既に公園の真ん中辺りにいる箱崎くんを追いかけた。 箱崎くんは振り向いて、わたしが次に言う言葉を待っていた。 わたしが伝えたかったのは、こんな言葉じゃなかったのに。 「『したくなったら言って』って、前に言ったよね?」 「言った」 「キスして。周りでしたことないの、わたしだけで恥ずか……」 最後まで言う前に、その場に傘を投げ捨てて、箱崎くんはわたしのところまで来ると、わたしの頬に手を添え、キスをした。 ずっと、憧れていたような、そんな優しいキスじゃなくて、そこにあるのは、きっと、憎悪。 いつの間にか、わたしの手から傘は落ちてしまって、2人に大粒の雨が容赦なく降り続ける。 絡みつくような激しいキスは、全身がまるでプールに入ったみたいに、どうしようもなくびしょ濡れになるまで続いた。 わたしが逃げられないように、ずっと腰に回していた手を離すと同時に、箱崎くんは目もあわせずにそのまま行ってしまった。 少し離れた場所に、箱崎くんが拾わなかった傘が、持ち手を上に逆さまになった状態で、残っていた。 そして、足元にはわたしの傘が転がっている。 こんなはずじゃなかった。 欲しかったのは、こんな思い出じゃない。 わたしが言いたかったのは、こんなことじゃなかった。 制服が泥だらけになるのもお構いなしに、その場に座り込んだ。 強い雨は、そんなわたしにいつまでも降り続けた。
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