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パウダールームでバレッタを見ると、金具が折れていた。
仕方がないので、このまま下ろしておくことにして、髪の毛についた変なクセをブラシで直していると、鏡の中に自分がもうひとり映った。
違う。
隣でメイクを直している女性が映っているだけだった。
髪の長さも同じくらい。
ブルーのニットを着たその女性は、わたしに気がついていないようで、リップを塗り直すとすぐに出て行った。
なぜだかわからないけれど、胸がざわざわとして、後を追うようにパウダールームを出た。
でも人混みに紛れてしまって、もう女性の姿は見当たらなかった。
急いで鴨白さんのところに戻りかけて、さっき見た女性が鴨白さんの前に立っているのが見えた。
何か話をしているようだったけれど、周りの雑音で聞こえない。
女性は後ろ姿だったけれど、鴨白さんはこちら側を向いていたので、その顔が見えた。
もし、その表情を何かの言葉で表さないといけないとしたら、泣いてる。
それも苦痛を伴いながら。
どうしたらいいのかわからないまま、近くまで行きかけて、2人の話が聞こえて足を止めた。
「許したわけじゃないから」
「わかってる……響子。ごめん」
響子……
大学時代、鴨白さんを傷つけた恋人。
でも、鴨白さんの方が彼女に謝ってる?
鴨白さんに気づかれる前に、その場を離れ、しばらくしてからゆっくりと、もう一度戻った。
「ごめんなさい、人が多くて」
「用を思い出した。これ、渡しておく」
さっき買ったケーキの手提げ袋を渡された。
「急ぐから、ここで」
鴨白さんは、顔を合わせようともせず、わたしに背を向けた。
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