話すことなんてないのに

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話すことなんてないのに

仕事を終えて、事務所の入っているビルを出た時、突然目の前に入江さんが現れた。 「良かった会えて」 「どうしてここにいるの?」 「6時が定時だって聞いたから、ここで待ってたら会えるかと思って」 「何の用?」 「ここで話すのもなんだから、どっか行こうよ」 「行きません」 「じゃあ、家まで送る」 このまま帰ってしまうと、すぐにアパートがバレてしまう。 アパートは知られたくない。 仕方がなく駅に向かった。 「少しでいいから、時間くれない?」 「二度と会わなくていいなら」 「そのセリフは話を聞いてからにして」 「どうぞ」 「え?」 「ここで今その話をして」 「いや、それはちょっと……せめてどこか店に入ろう。いい店知ってるから」 「そんなに長く一緒にいるつもりはないんだけど?」 「頼むよ。食事くらいいいだろ?」 「悪いけど……」 「実はもう店を予約してあるんだ。今日つきあってくれなかったら、明日も会社の前で待つけどいい?」 それは困る。 「話しを聞いたらすぐに帰るから」 「良かった。じゃあ行こう。下高畑の駅まで行って少し歩いた所なんだ」 ホテルの入り口で立ち止まった。 「これは本当に、ここを通り抜けて向こう側に行きたいだけだから。その証拠にほら」 入江さんが見せたのは、お店を予約した履歴だった。 「見て」 スライドすると、その店の地図が表示され、確かに今いるところだと目の前のホテルを通り抜けるのが一番の近道だった。 それで言うことを聞いて、一緒にそのホテルのロビーを通り抜けた。
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