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ビルの7Fにある、高そうなフレンチのお店に入った。
向かい合って座ったけれど、顔を見たくないから、ずっと窓の外の景色を見ていた。
入江さんは注文を済ませると、ワインを勧めてきた。
「沙羽はお酒強かったよな。覚えてる? 初めて飲みに行った時、僕の方が酔いつぶれて介抱してもらって……」
「そんな話だったら帰る」
「ごめん。あの時は本当に悪かった」
「そう思ってるんだったらもう放っておいて」
「あの頃……愛理ちゃん上司と不倫してたんだ」
「え?」
「それで、沙羽のためにも、なんとかやめさせようと必死になった。どうしてもその人が好きだと言う彼女を慰めるうちに、そばで支えてあげたくなって……」
「もういいよ」
今更そんな話を聞かされてもどうしようもない。
過去は変えられないし、起きたことは事実なんだから変わらない。
「彼女と付き合って随分して、彼女がまだその上司と続いていることを知った。それで、僕が沙羽にしたことがどんなにひどいことだったか、ようやくわかった。本当にごめん」
「もういい」
「愛理ちゃんと別れて、思い出すのは沙羽のことばかりだった」
目の前のテーブルに置かれた鮮やかな前菜のプレートが、まるで作り物のように見えた。
目の前で話をしている人も、なんだかドラマの中の役者さんみたいに思えた。
「ここの料理、美味しいんだ。沙羽、絶対喜ぶと思って。食べて」
「やっぱり、帰る」
「鴨白さんだっけ? うちの仕事すごくやりたいみたいだね。久山さんの熱量もすごくて圧倒される。でも社内には博告堂を押す声も多い。大手だからね」
席を立ちかけて、立てなくなった。
「メインは魚にしたけど、良かったよね? 沙羽は肉より魚が好きだったから。ここ、デザートも美味しいんだ。だから最後まで食べないとね」
目の前に置かれたグラスワインを一気に飲み干した。
「ワインは一気に飲むものじゃないよ」
グラスに新しいワインが注がれるのをじっと眺めていた。
「許して欲しい」
『許して』という言葉を、この人はなんて簡単に口にするんだろう……
鴨白さんが口にした、同じ言葉とは思えない。
「やり直さないか? 僕は、きっと沙羽の会社の助けになれると思うよ」
入江さんはわたしの前に名刺を置いた。
『箔泉堂 マーケティング部 課長 入江浩文』
目の前にいるのは、復縁を求める元カレ。
そして、箔泉堂の社員で、鴨白さんがやりたがってる仕事の契約に関する重要な役割を担う人。
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