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気持ち
部屋の前まで走って戻り、もう一度ドアフォンを押したけど応答がない。
思い切ってドアを引いたら、鍵がかかっていなくて簡単に開いた。
「鴨白さん? 入りますよ?」
部屋の中は暗かったけれど、月明かりに照らされる中、鴨白さんがベランダに続く窓のところに座って外を見ているのを見つけた。
「鴨白さん!」
「……やりに戻ってきた?」
振り向きもせず答えだけが返ってきた。
側まで近寄って、正面に座った。
「もしかして、誤解してませんか? 箔泉堂の契約がとれたのは、鴨白さんの実力です」
「どうだか」
やっぱり。
ずっと俯いたままの鴨白さんに向かって言った。
「わたしが、契約をとるために、箔泉堂の入江さんと関係を持ったと思ってるんじゃないですか?」
「……ホテルに入って行くのを見た」
「AKYホテルですよね? あれは、向こう側の道路に行くのに近道だから、通り抜けをしたんです」
「白々しい」
「話があると言われたんです」
「どうして箔泉堂の社員が事務員に話がある? やったのかやってないのか言えよ」
「……確かに関係はありました」
「やっぱり同じじゃないか」
「でも、それはもう何年も前の話です。昔、まだ学生だった頃、付き合ってたんです。入江さんと」
ずっと下を向いていた鴨白さんが、初めて顔を上げた。
「母の再婚相手の人にわたしと同じ歳の女の子がいた話をしましたよね? わたしだけが彼女とうまくいかなくて、家を出て一人暮らしを始めた、って」
「覚えてる」
「とられたんです。彼を。わたしじゃダメだっただけの話だから、『とられた』なんて言い方おかしいですけど。でも……一緒にいたくないじゃないですか……自分の好きな人が、自分とすぐ身近な人と付き合ってるの見るの、きついです」
「何の話だった?」
「謝られました。当時のこと」
「それで?」
「わたしの知らないうちに義妹とは別れてたみたいで……」
「やり直そうって言われた?」
「はい。でも断りました。一瞬契約のことが頭をよぎったのは認めます。でも、無理です。彼の部屋で、わたしが義妹にあげたピアスをベッドで見つけた時の気持ち、忘れられません。ハンドメイドの一点ものだから、誰のものかすぐにわかったんですよ?」
「バカだな」
「わたしは二度と会うつもりはないと言いました。契約とるために関係をもってなんかいません。それに――」
真っすぐに目を見て言うことができる。
「鴨白さんは実力で絶対に契約できるって知ってますから。これでもまだ『同じ』ですか? わたし、何もかも全然違う人間です」
「久山から響子のこと、何を聞いた?」
「……わたしが、響子さんに似てるって。わたしは身代わりですか?」
「違う」
「あなたが好きです。わたしの言うこと、まだ信じられませんか?」
鴨白さんの手がそっとわたしの頬にふれる。
まるで、わたしの気持ちを確かめるようにキスをする。
何度もふれては離れ。
離れてはふれる。
どうしたらわたしの気持ちをわかってもらえるのかと思ってしまう。
きっと言葉じゃダメなんだ。
鴨白さんの首に両腕を回して、しがみついて初めて、求めてくれた。
どうしてかな。
わたし、ずっとずっと前からあなたを好きだった気がする。
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