4-1 絵のない額縁

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4-4 「……落ち着いた?」 「……、うん」  うまくしゃべれなくなると、慶士との会話は中断した彼は居心地悪そうにしていたが、部屋を出る様子はない。理央がソファに移動して鼻を噛んでいると、少し距離をおいて隣りに座った。彼が背負っていたリュックは床に置かれた。  理央自身、なぜこんなに泣いたのかわからなかった。ただ悲しく、みじめで、そんな自分で居ることがとても不自由に思える。  こんなはずじゃなかった。  もっとあっさりと慶士と距離をおこうと思っていた。  泣きすぎて目が腫れていた。ぼんやり熱があるような気さえする。鼻の奥が詰まって、呼吸しづらい。  いったい何をやっているんだろう。  慶士は同じソファにいるものの、抱きしめてくれるわけでも、肩を貸してくれるわけでもない。  彼のこういうところが、もどかしくてたまらなかった。  眼の前で喧嘩を見れば人助けもするし、海外に一人で留学する行動力もある。大学では外向的で引っ張りだこ。友達もたくさんいるように見えたし、バイト先でも頼りにされているようだ。  けれど、もしかすると、1対1の親密な関係は不得手なのかもしれない。  そこに気付かなかった理央は、慶士を二人の世界へ強引に引っ張ってきてしまった。セックスのことだって。  まだ気持ちが追いついてないのに、脅して性行為に持ち込んでしまった気がする。理央は、ただの刺激的な駆け引きのつもりだったけれど……。  居た堪れなさがピークに達して、理央は呼吸するのも忘れた。こわばった身体を自覚するが、どうしていいかなんてわからない。  慶士は、軽く扱われて傷付いただろうか? どう思っただろう。確認をとって安心したかったけれど、事実を知るのも怖い。  理央は、じっとしていられなくて慶士の肩に寄りかかる。本当に慶士の言うとおりだ。セックスなんてしなければよかった。今更だけど自分の無謀さが恥ずかしい。どうかしていた。 「慶士………触っていい?」 「ん、何?」 「手……」 「ああ、うん」  慶士の手を握り、少し躊躇ったあと指を絡めた。  その手は理想みたいに温かくて、そして、微動だにしなかい。このまま静かにしていたい。  慶士といると、充実感はある一方、不安で仕方かなった。彼の優しさを無視してしまえるなら、自分の愚かさには気付かずにすんだはず。  慶士はたぶん、好いてくれてる。それは伝わってくる。それなのに意地悪を続ける自分が、どうしようもなく憎い。隣の慶士は膝頭を見ながら、静かに言った。 「俺達って、一緒にいる時間がすごく多かったよな。日本でわからないことは、ほとんど理央に教えてもらったくらい」  慶士はなぜか、微笑んでいる。 「二人のそういう時間が減って、さみしく思うのは別に変じゃないよ。ただ理央って、もっとドライな性格かと思ってたから」 「………俺もそう思ってた。こんなにさみしいと思わなかった」  はは、と小さく慶士は笑った。  こんなに好きだけど、彼の考えてることがわからない。笑われたのが鼻につく。慶士をもっと知るためにはどうしたらいいんだろう。  理央は言う。 「つ…………。付き合ってって言ったら」 「ん?」 「もし、俺がそう言ったらどうする」 「俺達、友達でいいんじゃなかったっけ」  うまくは動かない唇。もちろん慶士の顔を見ることなんて出来なくて、ローテーブルの脚をじっと見つめていた。心臓は、飛び出そうなくらいに鼓動している。 「それって……、理央が俺の反応を知りたいだけ? なら答えない」 「なんで」 「なんでって、なんだか……、不公平じゃないか?」 「想像のなかの話だろ。もったいぶるようなことじゃ」 「もったいぶってるとか、そんなつもりないよ」 「俺はおまえのこと好きだって言ってんじゃん……!!!」  あまりにも苛立って、理央は強い声で言った。  慶士は驚いた顔で固まっていた。  徐々に冷静になってくると、比例して羞恥が湧いてくる。理央はすぐに立ち上がった。言うべき言葉は見つからない。さっき泣いてしまったせいか、また涙がぶり返しそうになる。 「だから……っ、別に不公平とか……じゃない」 「理央」 「っ…、わかった。嬉しそうじゃないってことは、そんな気ないってことだろ。じゃあそう言え。はっきり言えよ! ばか……!!!」 「理央、ちょっと落ち着いて。座って。何を目的にしてるのか整理して、一緒によく考えよう」 「何が目的って、おまえと付き合うことだよ! そうすれば、大学で楽しそうにしてるの見ても我慢する……」  慶士は思考が止まってしまったような表情で、ただ、理央を見つめていた。考え込んだような素振りのあと、彼は「いいよ」と言った。
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