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4-4
「……落ち着いた?」
「……、うん」
うまくしゃべれなくなると、慶士との会話は中断した彼は居心地悪そうにしていたが、部屋を出る様子はない。理央がソファに移動して鼻を噛んでいると、少し距離をおいて隣りに座った。彼が背負っていたリュックは床に置かれた。
理央自身、なぜこんなに泣いたのかわからなかった。ただ悲しく、みじめで、そんな自分で居ることがとても不自由に思える。
こんなはずじゃなかった。
もっとあっさりと慶士と距離をおこうと思っていた。
泣きすぎて目が腫れていた。ぼんやり熱があるような気さえする。鼻の奥が詰まって、呼吸しづらい。
いったい何をやっているんだろう。
慶士は同じソファにいるものの、抱きしめてくれるわけでも、肩を貸してくれるわけでもない。
彼のこういうところが、もどかしくてたまらなかった。
眼の前で喧嘩を見れば人助けもするし、海外に一人で留学する行動力もある。大学では外向的で引っ張りだこ。友達もたくさんいるように見えたし、バイト先でも頼りにされているようだ。
けれど、もしかすると、1対1の親密な関係は不得手なのかもしれない。
そこに気付かなかった理央は、慶士を二人の世界へ強引に引っ張ってきてしまった。セックスのことだって。
まだ気持ちが追いついてないのに、脅して性行為に持ち込んでしまった気がする。理央は、ただの刺激的な駆け引きのつもりだったけれど……。
居た堪れなさがピークに達して、理央は呼吸するのも忘れた。こわばった身体を自覚するが、どうしていいかなんてわからない。
慶士は、軽く扱われて傷付いただろうか? どう思っただろう。確認をとって安心したかったけれど、事実を知るのも怖い。
理央は、じっとしていられなくて慶士の肩に寄りかかる。本当に慶士の言うとおりだ。セックスなんてしなければよかった。今更だけど自分の無謀さが恥ずかしい。どうかしていた。
「慶士………触っていい?」
「ん、何?」
「手……」
「ああ、うん」
慶士の手を握り、少し躊躇ったあと指を絡めた。
その手は理想みたいに温かくて、そして、微動だにしなかい。このまま静かにしていたい。
慶士といると、充実感はある一方、不安で仕方かなった。彼の優しさを無視してしまえるなら、自分の愚かさには気付かずにすんだはず。
慶士はたぶん、好いてくれてる。それは伝わってくる。それなのに意地悪を続ける自分が、どうしようもなく憎い。隣の慶士は膝頭を見ながら、静かに言った。
「俺達って、一緒にいる時間がすごく多かったよな。日本でわからないことは、ほとんど理央に教えてもらったくらい」
慶士はなぜか、微笑んでいる。
「二人のそういう時間が減って、さみしく思うのは別に変じゃないよ。ただ理央って、もっとドライな性格かと思ってたから」
「………俺もそう思ってた。こんなにさみしいと思わなかった」
はは、と小さく慶士は笑った。
こんなに好きだけど、彼の考えてることがわからない。笑われたのが鼻につく。慶士をもっと知るためにはどうしたらいいんだろう。
理央は言う。
「つ…………。付き合ってって言ったら」
「ん?」
「もし、俺がそう言ったらどうする」
「俺達、友達でいいんじゃなかったっけ」
うまくは動かない唇。もちろん慶士の顔を見ることなんて出来なくて、ローテーブルの脚をじっと見つめていた。心臓は、飛び出そうなくらいに鼓動している。
「それって……、理央が俺の反応を知りたいだけ? なら答えない」
「なんで」
「なんでって、なんだか……、不公平じゃないか?」
「想像のなかの話だろ。もったいぶるようなことじゃ」
「もったいぶってるとか、そんなつもりないよ」
「俺はおまえのこと好きだって言ってんじゃん……!!!」
あまりにも苛立って、理央は強い声で言った。
慶士は驚いた顔で固まっていた。
徐々に冷静になってくると、比例して羞恥が湧いてくる。理央はすぐに立ち上がった。言うべき言葉は見つからない。さっき泣いてしまったせいか、また涙がぶり返しそうになる。
「だから……っ、別に不公平とか……じゃない」
「理央」
「っ…、わかった。嬉しそうじゃないってことは、そんな気ないってことだろ。じゃあそう言え。はっきり言えよ! ばか……!!!」
「理央、ちょっと落ち着いて。座って。何を目的にしてるのか整理して、一緒によく考えよう」
「何が目的って、おまえと付き合うことだよ! そうすれば、大学で楽しそうにしてるの見ても我慢する……」
慶士は思考が止まってしまったような表情で、ただ、理央を見つめていた。考え込んだような素振りのあと、彼は「いいよ」と言った。
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