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2-6
理央はジャケットを羽織り、スニーカーを履いて外にでた。外の空気は、11月にしては冷え込んでおり目が覚めるようだった。少し遠めのコンビニへ行き、戻ってくれば30分ほどになる。それだけ時間が経てば、慶士は部屋で落ち着いているはずだ。はち合うこともないだろう。
「理央!」
静かな路地に響いた声に驚き、振り返る。
薄暗い住宅街。小走りで近づいてきた慶士は、息切れしている。Tシャツ、パーカーに、スウェット。外灯の光が、水気を含んだ髪に反射していた。たったいまシャワーを浴びて出てきたように見える。理央はつぶやく。
「どっ、どうした……、おまえ」
「ごめん! 部屋から出ていけって言いたかったんだ。家からじゃない」
「ああ……。部屋って言ってたよ」
「え?」
「なんていうか……。部屋隣だし、ちょっと気まずいし。そのへん歩いてこようかと思っただけで、慶士は言い間違えてない」
「そっ……そうか。ならいいんだ。なんだ、てっきり俺が間違えたのかと……」
慶士は視線を泳がせ、安堵の息をもらした。そして、口ごもりながらつぶやく。
「ええと、じゃあ……その」
「頭、濡れてる」
「慌てて出てきたから」
慶士はそう言って、やや照れくさそうに横髪を撫でつけた。よく観察してみると、毛先からは水滴がしたたっていた。理央の心臓は、ドクンと鳴った。
頭も拭かずに追いかけてきた慶士の気持ちを、疑おうとは思わない。この4ヶ月一緒に暮らして、慶士の色んな面を見た。
基本的には善良で、親しみのある笑顔で、理央とすれ違うときにはいつもちょっかいを出してくる。とても行動的で人見知りしない。生き急いでいるようにすら見える。誰にでもオープンで友好的だ。
しかし、不満があればちゃんと口にする。不便があれば、真摯に問題解決しようとする。
理央からすると、非の打ち所がなくバランスのとれた人物だと感じられる。嫌味なほど。
だから子供っぽい行為だとわかっていても、つい意地悪をしたくなる。
慶士を見ていると、胸が少しひりつく。その原因はわかっていた。
理央にとって難しいことを軽々とあたりまえにやって見せるその姿だ。憧憬にも近かった。この年齢でもうどんな仕事につくか決め、それを見据えて行動している。アニメやゲームを作りたいなんて、躊躇いなくはっきりと口に出している。
理央だって小学生の頃には、その手の職業を夢見たことはあったけれど、思ったよりもずっと不自由で、大変な仕事だとわかってからは考えを改めた。
だが、目の前の男は本気なのだ。なにかはっきりした道筋でもすでに見えているみたいに、迷いがない。
それがただ、羨ましい。そして彼は輝いて見えている。
妙な沈黙が続いた。理央は相手の出方を待っていた。
「……理央。俺は異性愛者って言ったけど、君のことがすごく気になる。その……、たぶんこれは、たぶんだけど……。友情とか、そういう感じではなくて……。友情っていうよりももっと複雑な」
「うん……」
「どう思う? 理央は……」
「俺も、おまえのこと好きだけど」
「そうだよな。最初の印象が悪かったせいもあるけど、想像より俺たちはうまくいってる。理央って、俺が考えていたよりもずっと素直だったからさ。でも、そういう意味じゃないんだ。俺のほうは」
「性的な?」
思い切ってそう尋ねると、慶士は困惑していた。
「せっ……、えっ……、ええと、正直そこまではわからないんだけど……、すごく近いと思う。友達っていうよりも、……理央を、独占したい気持ちがあるから」
そこまで言われて、さすがに理央も照れくさくなった。だけど少しも嫌じゃない。
「ふーん……」
「俺も自分で確信は持ててない。でも、もしも……そうだったら理央は」
「いいよ」
「……いいって?」
「告られて嬉しい」
「待って」
慶士は、片手で自らの目を覆った。一呼吸してから言う。
「俺は男だけど、性別とかは……」
「あんま気にならないかな」
「そうなのか? 本当に?」
「うん」
「からかってる?」
「そう思いたいなら……」
「思いたくないよ! 本当だっていうなら、俺だってすごく嬉しい、し……。嬉しいよ、すごく」
慶士はやや前のめりでそう話したあと、急に黙り込む。
理央も何を言っていいのか分からなくて、黙っていた。こんなふうに、プライベートもよく知っている相手から告白されたことがない。
少し緊張する。目が合うと、考えていることが伝わってしまいそうだ。恥ずかしくて気まずい。
感じるままに告白を受け入れたはいいが、このあと一体どうなっていくんだろう? 先に慶士が切り出した。
「ちょっ……、ち、ちょっと混乱してるし、寒くなってきたから一度戻るよ。またあとで」
「ああ、うん……。俺は、コンビニ寄ってから戻る」
「わかった。理央」
急に慶士が近づいてくる。二の腕を撫でられ、じっと見つめられた。
気付いたらキスをしていた。頬には冷たい水滴が落ちた。
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