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4-2
理央は楽な服装に着替えて、すぐさまベッドに潜り込む。
ふて寝をしていた。どのくらい時間がたったのか。
ノックの音で目覚め、それが繰り返されるうちに意識がはっきりしてくる。気配でわかる。慶士だ。
「理央、はいるよ」
その台詞のあと、確認のためさらに数回のノック音があり、ようやく慶士が部屋に入ったようだ。
理央はとてもじゃないが会話する気なんてなかった。
ふて寝を続けていると、慶士が机に近寄ったのがわかった。
ビニールのガサガサという音がして、ごみ箱付近の音だと気付いた。
そこには、さっき破いた紙が捨ててある。見つからないように別にしておけばよかった。
しばらく間があり、慶士は言った。
「理央……。廊下から外した絵をどこにやったのか訊こうと思ったけど………。どうしたの、これ」
「別にいいだろ。俺の絵だし」
慶士から返答はなかった。ずいぶん長い沈黙のあとに声がした。
「俺はこの絵を気に入ってたから、声かけてほしかったけどな。破く前に」
やけに軽い声で慶士が言うので、なんだかチグハグだと思った。理央は不思議に思いながら、だが尋ねる事もできずに布団の中で黙っている。
「理央。なにか俺に怒ってる?」
「……たぶん」
「話を聞くよ」
「時間ないんだろ」
「………そんなふうに最初から刺々しく言わなくても」
「じゃ出てけ」
「理央の顔を見たら出ていくよ」
「アニメ、もうやめたい。作ってるやつ」
「なんで?」
「……思ってたのと違った」
返答はない。
その代わりに溜息が聞こえた。
こんなふうに人を失望させるくらいなら、もう何もしたくない。これまでの人生で何度もそう感じながら、理央は同じことを繰り返していた。
慶士は言う。
「わかった……。きみが気紛れなのは元から把握していたことだ。俺の予定に合わせてもらうのも悪いから」
その声には、堪えた苛立ちのようなものが感じ取れた。慶士はもう一度ため息を吐いた。怒っているのは明らかだった。
それを感じて、理央はどうしようもなく苛立った。
言いたいことがあるならはっきり言えばいい。
「慶士、……おまえって、制作現場のドキュメンタリーとか見たことない? やばいくらい地味で、朝から晩までやって睡眠削って、それでも満足な給料なんてもらえないし。そういうとこに就職したって、搾取されるばっかで人生無駄にしてるようなもん」
「………だから? 何?」
「だからやめる」
「それを俺に言ってなんになる?」
「言いたかっただけ」
「君がなんでそんなにひねくれてるのか知らないし、その理由を今後俺に言うつもりもないんだろうけど、とにかく気分が悪い」
静かに毒づく慶士の声に、すこし胸がスッとした。同時に、なにか焦燥感のようなものが生まれる。早く慶士が部屋から出ていくように願った。
「理央が、人が忙しいと分かっててわざわざ文句つけてくるような自己中心的な人とは思わなかった。つれない態度をしても、いつも君は優しいから」
「最初に喧嘩してる場面なんて見たから、先入観があったんだろ? 俺が殴りかかってないってだけで、おとなしくて良いやつに見えるってこと」
「違う。一緒に暮らしていたら、そのくらいはさすがに分かるよ」
「だから、俺が優しいなんていうのがあんたの幻想だって」
「理央はわけを話してくれないけど、あの駅での喧嘩だって……あっちの彼の態度を見れば、昔から理央とどういう関係だったかくらい想像がつく」
「何、どんなだよ」
「君から喧嘩をふっかけたわけじゃない」
「俺が苛ついててそうしたかもしれないだろ」
「苛ついてても、理央は揉め事を起こそうなんて思ってない。少なくとも、自分の都合で相手を痛めつけようなんて君は考えない。考えるどころか、その選択肢すら君にはない。それは断言できる」
「俺のことなんだから、あんたが断言すんな」
「じゃあ真実は? 教えてよ。なんであんな喧嘩になったのか」
「それは」
理央は口を開きかけ、慶士が部屋に入ってきた理由と、まったく別の話題になっていると気づいた。あやうく全部喋るところだった。
一息ついて、慶士を追い払う方法を考える。
「……俺今日は苛ついてたし、疲れてる。だから全部八つ当たりかもしれない」
「え?」
「今日は寝る。もういい? 明日話したほうがいいと思う」
「ああ、うん……。そうか、わかった」
そう話しながら、慶士のことをずいぶん大人だなと感じた。
理央が折れたふりをすると、遺恨なんて最初からなかったみたいに、彼はあっさり離れていく。むしろ自らを恥じ入っているような態度に変化する。
そしてその態度が、なんだか気に入らない。
もう少し踏み込んでほしいとき、慶士はいつも離れていってしまう。
いまだって、何も言わず抱きしめてくれたら許す気でいたのに。
慶士が部屋を出てドアを閉める瞬間まで、理央はその妄想が現実になることを願っていた。何も起こらなかった。
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