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5−2
高校の時の苦い記憶がよみがえる。自分ではいい感じだと思っていたのに、理由もわからずに相手が離れていってしまうのは、本当にやるせない。気持ちのやりどころがない。
原因がわからないままなのは、自分のせいだろうか? 理央からのサインを見逃しているんだろうか?
理央を待っていたら、こんなふうにわだかまりを抱えたまま、留学を終えてしまうような気がした。
「理央、俺は詳しく知りたいよ。話す気はない?」
「詳しく?」
「……うん」
「詳しくって……」
「なんで俺に嘘をつくのかわからないけど……、本当のことを話してくれるなら責めないよ」
「嘘って、なにがだよ」
「謝るために会ったなんてさ。嘘だろ?」
「嘘じゃない」
「不自然すぎる」
「そんなの、あんたの決めつけだろ」
あんた、と呼ばれたことに胸が痛んだ。
「明らかにおかしいのに、見て見ぬふりしたくない。あの彼に謝罪できるくらい気持ちの整理がついてるなら、彼との喧嘩のことを俺にも話してほしい」
「嫌だ」
「話してくれたら、今日のことも信じるよ」
「嫌だって」
「俺には聞く権利あると思う、恋人なんだし」
「付き合ってるからってなんで、そんなことまで話さないといけないんだよ。プライバシーだろ」
「理央、話してよ」
「しつこい」
「こういう話し合いから逃げてたら、いつまでたっても解決しないよ」
「何が」
「だから、俺と理央のあいだにある……」
「何……。なんだよ解決って! 最初から俺に何か問題あったっていうのかよ!」
眉を顰め声をあらげた理央を見て、失敗した、と思う。言葉に迷い、逡巡し、視線をそらして息を吐いた。
「理央……。なんでそんなに攻撃的なんだ? 本当にわからない。俺はきみの話を聞きたいって言ってるだけなのに。まるで俺が悪者みたいに」
「その通りだろ」
「その通りって言った?」
「言った」
「じゃあ、俺はきみにとって悪者らしいから、口をきくのも同じ部屋にいるのも嫌だろ。出ていくよ」
理央の態度にあまりにも呆れて、部屋を出た。このまますぐ隣の部屋に入るなんて癪だが、家から出るのも逃げの姿勢にも思えた。慶士は自分の部屋に入り、きっちりとドアを閉める。
荷物を置いて部屋着に着替えると、すぐにヘッドホンを装着した。騒々しいロックを再生し、普段より音量を上げた。これで隣の部屋の物音なんて聴こえない。……はずだったが、壁に何かを叩きつける音が聴こえて、慶士は思わずヘッドホンを外して確認する。もちろん、二人の部屋間の壁だ。
音は止んでいるが、なにか硬いものでも投げつけたような音だった。
しばらく待って何も起こらないことを確認すると、慶士はふたたびヘッドホンを装着する。そうすると、図ったように壁への暴力が始まる。
それを聴きながら慶士は、理央が破ったスケッチのことを思い出す。ストレスがかかると、ああやって大切だったはずのものを破壊するんだろうか。まるで自傷行為みたいだなと連想してしまい、気分が悪くなった。
慶士は大きなため息をはいて、歯ぎしりしそうになりながら、廊下へでた。理央の部屋のドアは閉められていた。深呼吸をしてから、静かにノックをする。反応はない。
声をかけるか迷った。慶士自身も腹を立ている以上、話し合いにはなるわけがない。
少し冷静になってから、再度考えるべきだ。そうわかっていたが、これ以上引き伸ばして意味があるのか? また同じことの繰り返しじゃないのか。
曖昧なままごまかされて、かわされて、それでも魅力的だからセックスするなんて関係を、慶士は望んでいない。そもそも、男と付き合ってることだってまだ気持ちの整理がついていないのに。
本当は、ただお互いを高められる良い友人でありたかった。理央のペースに巻き込まれてめちゃくちゃになってしまった。たまにものすごく可愛いから、それだけで全部許してしまう。結局突き放せない。
悩みがあるなら頼って欲しいのに、何も打ち明けてくれない。恋人になったってそれは同じだった。なにがプライベートだ、えらそうに。本当に……。
慶士は再度ノックをした。
「理央、入るよ」
返事は待たなかった。
理央はベッドに腰掛けていて、鋭い視線で慶士を睨んできた。身体には悲愴をまとい疲れているように見える。しかし泣いてはいない。
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