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2 ひらめき
2-1 ひらめき
指先のむずむずした感触をこらえながら、そういう事だったのか、と理央は思った。
この、やけに馴れ馴れしくて、友好的で親切で優しく、笑顔が眩しい同い年の男は、うたた寝している隙に手を握ってきた。
指の間をゆっくり、何かを確かめるように触れて、最後には手を握った。
明らかに、友達にするような仕草じゃない。そして今も手を握られている。
彼の手は温かかった。エアコンが効いている室内ではちょうどいい。
まだ決めつけるわけじゃないが、慶士から懸想されているのだと考えると、納得いくことがたくさんある。
あんなに真正面から絵を褒めてきたことだって、その一部のような気がした。悪口も言ったし、結構つらく当たっているのに、いっこうにめげる気がないことも。
同性から好意を顕にされるのは人生二度目だ。以前は戸惑いしかなかったが、慶士に好かれているのは、そう悪くはない気分だ。
慶士は、いったいいつまで手を握っているつもりだろう。手を触られた感触で目は覚めていたが、喋りだすタイミングを逃してしまった。
目を閉じたまま、ぼんやり考える。
慶士の身体に寄りかかってみたい。身長は数センチしか変わらないはずなのにだいぶ体格が違う。だから、どんな具合なのか確かめてみたいという、純粋なる興味だ。
同い年だというけれど、まったく別に環境で育っているせいなのか、違う部分ばかり目につく。
日本の男からはあまり嗅いだことのない、デオドランドの香り。
髪のセットが違う、仕草が違う。
黙ってじっと座っているだけならば、慶士は日本と馴染む姿なのに、動き出すとかなり違う。
それは理央にとってすごく心浮き立つ、新しい発見のようにも思えていた。
もう少し彼に、触れていてほしい。だが同時に後ろめたさもあった。
理央は覚悟を決めて姿勢を正し、慶士のもとから手を引き抜いた。目が合った。
「……なに触ってんだよ」
「ああ、うん。ごめん」
慶士は目を見開いて、戸惑った様子だった。やや苦笑いが見えて、何かをごまかしたようにも思える。彼は急に立ち上がってテレビに近寄り、デッキからディスクを取り出した。ソファに戻ってきて、それをケースにしまい理央に微笑みかける。
「どうもありがとう。実はこれを観たの初めてだったんだけど、おもしろかったよ」
「え……、エイリアン?」
「うん。もちろん、すごい映画ってのは知ってたけど……ちょっと見た目が怖いだろ? グロそうだから避けてたっていうか、自分からすすんでは観ないっていうかさ」
言われてみればそうか、と理央は思う。
自主制作で可愛いカートゥーンアニメを作ってるようなやつが、宇宙船のホラーSFを好むかなんてわからない。
理央の好みで、なおかつ世間的にも評価の高い作品だから、勧めても間違いないと思ってしまった。少なくとも、調子が悪いから家で休む、と言っていた相手に対する提案じゃなかったと、反省する。慶士はさらに気分が悪くなる可能性だってあったはず。
なぜおとなしく隣で観ていたんだろう? 好みではないと言わなかったんだろう? 理央は、途中で映画解説までしていた自分を思い出して急に恥ずかしくなる。
慶士の行動が不思議でならなかった。そして思う。
もしかすると、理央への好意があるから、何も言わず一緒に観ていたのか? それってーーーー。
慶士はソファ脇にかがんで、プラカゴの中にあるタイトルに触れながら言った。
「このDVDって、理央の?」
「子供向けは親が持ってたやつで、あとは俺が集めた」
「そうなんだ。よかったらここに置いておいてよ、俺もう少し見たいから」
「元々ここに置いてたやつだし……、いいけど」
「よかった」
慶士は、DVDのパッケージを取り出しては、表紙を観たり、裏返してあらすじを読んだりしている。なかなか選び終わらない。
慶士の姿を眺めながら理央は考える。
さっき手を握っていたことについて、なぜなんの弁解もしないんだ?
アメリカでは、ただの友人相手でもリラックスしているときに手を握るんだろうか。例えば、久々に再会したときに人々は抱き合うけれど、あんな感じで、親愛を伝える意味だとか?
日本と違って、基本的に握手をする文化があることを思うと、ない話じゃない。けれどあの、まるで慈しむような触り方は……。まるで恋人に対する仕草だった。
「理央」
「なに」
「寝不足だった?」
「4時ごろまで起きてたから」
「朝4時まで一体何やってるんだよ」
「……映画観たり、もあるし。ゲームとか動画とか、他にもいろいろ」
「今度は俺も誘ってよ」
「は、なんで」
「理央のことが気になるから」
「い……」
「いい?」
「嫌だ」
慶士は笑ってDVDのケースをあける。どうやら次の一本が決まったようだ。
「一緒に見る? 美女と野獣」
久々に見てみたかったし、慶士がこのアニメにどんな感想をもっているのかも気になった。けれど、隣でラブストーリーを観るのはなんだか気まずいような気がする。冷蔵庫からもう一本アイスを取り出して、二階へ上がった。
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