3人が本棚に入れています
本棚に追加
「さて、月霜様。この道を真っ直ぐに進んで下さい」
月霜が乳母の言葉の意味を考えてぼんやりとしていると、乳母が口を開いた。
「道?」
乳母はか細い道を指差す。
「この道です。ずっとずっと先まで、進んで下さい」
乳母の指差す道の終わりは月霜には見えなかった。
永遠に続いているかの様に思われた。
月霜は首を傾げて聞く。
「一緒に来ないの?」
「──はい。ついて行く事は出来ません」
「どうして」
乳母は何も答えずにただ首を横に振るだけだった。
月霜はありったけの力を込めて乳母にしがみつく。
こうでもしなければ乳母は今にも何処かへ行きそうであった。
「置いて行かないで、お願い……」
乳母にしがみついたまま泣き喚く月霜を、乳母はぎゅっと抱きしめた。
小さな背中は小刻みに震え、ここ数日で受けてきた仕打ちに対する悲しみを必死に訴えていた。
月霜と同じ年頃の子は、本来父と母の愛情を受けてすくすく育つ筈であり、この様な境遇には遭わない。
母を殺される様な事がなければ、父に追われる様な事も無いのだ。
「幾つかの山を越えると海が見えます。しょっぱい水がそこら中に広がっているのが、海なのです」
少し掠れた声で乳母は説明する。
出来るだけ詳しく、月霜に分かる様に。
月霜はやだやだと耳を塞いだ。
「海が見えたら、これを船の主に渡して船に乗せて貰いなさい。隣の国まで」
乳母は月霜が持ってきた布袋から路銀を渡す。
布袋には月霜の装飾品も入っていたが、乳母はそれを月霜には渡さなかった。
天籟国の隣国は比較的に落ち着いている。
きっと月霜の様な子どもを助けてくれる人はいるはずだと乳母は思った。
「月霜様。くれぐれも自分が公主だったという事を他の人に伝えてはいけませんよ」
乳母は啜り泣く月霜の頭を撫でて、落ち着いたのを見て立ち上がった。
「ではお元気で」
乳母は布袋を持って今きた道を走って戻る。
王宮の方へ戻る道だった。
「置いて行かないで……」
月霜は泣きながら追いかけようとしたが、鉛の様に重くなった足で追いつく筈もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!