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「だからおとなしく月霜様の居場所を教えて頂けると嬉しいのですが。そうすれば貴女のその表情に免じて貴女を見逃す……かもしれません」
「死にました」
乳母はやはりそう言う。
「教えてくれないのですか……。残念です」
少しも残念そうに思っていない声であった。
銀髪の男は黙って腰に掛けている剣を抜き、それを乳母の首に当てた。
月霜はどきりとする。
あれが赤く染まる時、乳母は恐らく“石”になる。
そうすれば、二度と乳母に会う事は出来ない。
何とかしなければ……。
焦りばかり募り、月霜の呼吸は荒くなった。
乳母は救いたい。
だが月霜に出来る事は何も無かった。
「あ、そうそう。あの表情を見せてくれたお礼に一ついい事を教えましょうか」
乳母は身構える。
目の前の男の言う良い事は全く宛にならない事を知っていた。
「主上が望むのは月霜様の不名誉な死。生きていれば皆の前で打首にし、死んでいれば死体を引きずって皆の前に晒す。これが母を殺した公主である、と」
乳母は言葉を失った。
皇帝の所為はあまりにも非道である。
「生きていても死んでいても、月霜様は逃れられません。貴女や他の侍女達の死は無駄になります」
「そんな……」
「だから愚かだと言ったじゃないですか」
乳母の顔は徐々に色を失っていく。
「あれ程の幼い子にそこまで拘る必要はありますか。彼女が何をしたというのです」
銀髪の男は何も言わずに剣を振り上げた。
その直後に甲高い断末魔の叫びが辺りの空気を震わせた。
月霜はその場にしゃがみ込んで奥歯をがたがた言わせた。
死は分からなくとも、痛みは分かる。
苦しみも分かる。
悲鳴をあげる程の痛み、苦しみ。
月霜を戦慄かせるのには充分であった。
何故、私だけこんな目に遭わなければならないのだろう。
何故、私の好きな人達をみんな奪っていくのだろう。
何故という疑問と共に、月霜は今までに感じた事のない感情が湧き上がる。
怒りに近い感情で、たまに悲しみがその表面を掠める。
怒りの底には、全てを壊したいという欲が渦巻いていた。
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