第一章

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 飛び出そうとした矢先、月霜は何者かに首根っこを掴まれ、体がふわりと宙に浮くのを感じた。 「え……?」  胴体をがしりと掴まれ、月霜は地面が自分から遠くなっていくのを感じた。  そして目の前が激しく揺れる。  持ち上げられたのだ。  見知らぬ男によって。  男は月霜を抱えたまま、尋常ならぬ迅速さで山道を駆けていった。  兵に見つかったと月霜は判断し必死に抵抗したが、全くと言って良い程役に立たなかった。  それどころか、男は軽々と険しい巌壁(がんぺき)を登り始める。  宙に浮いた状態の月霜は、どんどん離れていく地面を見て小さな悲鳴をあげた。  抵抗するどころか、ぎゅっと目を瞑り、落とされぬ様必死に男にしがみついた。  どれほど経ったか、男は着いたぞと言って月霜を下ろす。  地に足をつかせて月霜は(ようや)く生きた心地が戻ってくるのを感じた。  余りの緊張に、その場に座り込み、何度も何度も深呼吸をする。 「あなた誰?」  落ち着きを取り戻して、月霜は聞く。  男は蓮花の紋の甲冑を身につけていない。  つまり、天籟国の兵ではないのだ。  男は月霜の問いには答えず、 「何故飛び出そうとした?」  と聞く。  自分の質問を無視された月霜は不満気に口を尖らせた。 「何でも良いじゃない」 「死にたいのか?」 「別に」  月霜の素っ気ない返答に男は溜め息をつく。 「話を変えよう。お前とあの兵達はどういう関係だ?」 「……」 「安心しろ、突き出す様な真似はしない」 「追われているの。私が……人殺しなんだって。母を殺したって……」 「実際に殺したのか?」  月霜はふるふると頭を横に振る。  そうかと男は短く言い、それ以上は言及しなかった。 「どうしてここに連れてきたの」  それに対しても男は答えなかった。 「私ばかりで割に合わないわ。なんか自分の事を話してよ」  男は苦笑いする。  そうだなと少し考えて、 「俺の名は煥峯だ。ここで、剣を教えている」  と言った。  月霜は周りを見渡す。  先程気が付かなかったが、数人の木の(つるぎ)を持った子供が、遠巻きに月霜の方を見ていた。 「貴方も剣が使えるのね」
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