第二章

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第二章

 月霜は起き上がり、身だしなみを整えた。  寝具を片付け、食事をとる。  十二年前の何でもやるという言葉通り、月霜は確かによくやっていた。  ちょっとした事で皮が()ける薄い皮膚は徐々に分厚くなり、苦労知らずの手はいつしか節くれだつ。  剣の稽古に鍛え上げられた体に美しい絹衣はもう似合わない。  十二年かけて月霜は王女としての振る舞いを捨て去り、代わりに剣の振り方を身に刻んだ。  泣き言を言いながら乳母に手を牽かれて山道を歩く小娘の面影は最早どこにも残っていない。  部屋の掃除を終わらせ、月霜は煥峯を探しにいく。  煥峯は外で静かに剣を磨いていた。 「師匠」 「何だ」  顔も上げずに、煥峯はただひたすらに手元の剣に集中していた。 「依頼の事ですが……」  何でもやると、誓ったのだ。  復讐の為だけに十二年の年月を捧げてきた。  師匠の依頼の違和感が何だというのか。  目的を達成させる事ができれば些細な事だ。  そう思い、月霜ははっきりと言った。 「引き受けます」  暫く間があって、煥峯はそうかとだけ短く返した。  その様子に月霜は苦笑する。  やはり煥峯が何を考えているのか分からなかった。  煥峯は変わった男である。  家庭を持ち、腰を据えて大地を耕す事で生活を営む天籟国の民とは異なり、煥峯は商人達と共に四方を彷徨い歩く事で生計をたて、妻も娶らず、ただ親のいない子どもを弟子にしては剣術を教えていた。  その理由は弟子達ですら分からなく、煥峯自身も決してそれを語ろうとはしなかった。  表情を露わにする事はごく稀で、その稀なる表情も大抵の場合、月霜の行動に対する呆れであった。  淡々とやるべき事をこなしていく姿は、人に掴みどころのなさを感じさせた。 「月霜」  磨き終えた剣を鞘にしまい、煥峯は(ようや)く月霜の方を向いた。 「何でしょう」 「皇帝に近付く手段は考えているか?」  月霜は頷く。  計画はもう十二年前からたてていた。
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