第二章

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「では先程仰っていた剣を振るだけで良いというのは一体……」 「冬官という役職は空いていない。だから掠奪(りゃくだつ)して貰いたい」  剣で冬官を殺せというのかと月霜は眉根を寄せた。 「冬官を殺せという事ですか」 「ああ」  月霜は目を伏せた。  無闇に人の命を奪うのは月霜の本意ではなかったが、復讐の為なら手段は選ばない。  が、それでもやはり気が重かった。 「先月南の方で飢饉が起きたのだ」  (おもむろ)に煥峯が口を開く。 「はあ……」  いきなり何を言い出すのだろうと月霜は訝しげに思った。 「皇帝は冬官を派遣させ援助を計ったが、偶々(たまたま)冬官の一族も南に住んでいた。その一族もまた被害を被ったらしい。冬官が何をしたか、分かるか」  月霜は顔を顰める。 「まさか援助の金の一部を自分の懐に入れたのですか」  煥峯は頷く。  そして一部どころか全部だと付け加えた。  月霜の表情は更に険しくなる。  六官は皇帝の為に存在するのではなく、民の為に存在する。  こんな事はあってはならない筈だ。 「全てを懐に入れたのでしたら流石に皇帝も気が付くでしょうに」 「ああ、気が付いていて黙認している」 「何故」 「冬官の権力は侮れない物だからだ」  月霜は目を見開いて、呆気に取られていた。  権力を持つ者に(おもね)って、弱い者を打ちのめす。  皇帝の目には利益しか映らない。  それが何とも皮肉であった。 「罪を暴いて冬官から職を奪おうと考えたのだがな。皇帝まで絡めば無理だ」  皇帝が断罪をしないのならば、罪を暴いても無駄である。  冬官の命を奪った方が手取り早いというのが煥峯の目論みであった。  月霜は(ようや)くその目論みを理解した。 「民を顧みない輩に官職は無用という訳ですか」  月霜の言葉に煥峯はふっと笑った。 「ああ、そういう事だ」    師匠が笑うとは、と月霜は驚きながら何も考えずに呟いた。 「──では、民を顧みない皇帝も無用だという訳ですね」  煥峯の瞳が微かに揺らぐ。  笑みは顔から消え、その場に固まった。  口が滑ったと月霜は慌てたが、煥峯は月霜から顔を背け、そうかもなと素っ気なく返した。
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